来週 Kindle 掲載予定
Where were you in '62?
― THX138 ―
THX138の頃に
憧れたジョンの黄色いデュ~スク~ペは
こんなファ~イ~ストなアジアの島国には届かず
ガキの頃から
とうにアメリカンだったはずの気持ちは
今 還暦をも越して
もしや そろそろ
ジャパニ~ズへと戻りつつある今日
"1962年の夏 あなたはどこにいましたか?"
Where were you in '62?
一 テレビの中のアメリカ
還暦を越えた冬の夜、偶然つけたテレビに釘付けになった。
画面の中に、見覚えのある黄色いクルマが走っていた。
おおお~~~!!
声が出た。自分でも驚いた。六十を過ぎた男が、ひとりの部屋でそんな声を上げるとは思っていなかった。でも出た。腹の底から、あの頃と同じ温度で。
「アメリカン・グラフィティ」だった。
もちろん持っている。VHSで持っていた。DVDでも持っている。何度観たかわからない。それでも、偶然チャンネルを回した先にこれが流れていると、体が違う反応をする。予期しない場所で旧友に会ったときのような、あの感じだ。
黄色い五八年型シボレー・インパラ。ジョン・ミルナーのデュースクーペ。
ウルフマン・ジャックの声がラジオから流れ、ローラースケートの娘たちが駐車場を滑り、ジュークボックスが光る。一九六二年の夏、カリフォルニア。
僕らの先生は、これだったのかもしれない、とあらためて思った。
教科書でも、親父でもなく。
ジョージ・ルーカスが撮った、あの一本の映画が。
* * *
THX 1138、という数字を知っているだろうか。
ルーカスが「アメリカン・グラフィティ」を撮る前に作った、最初の長編だ。ディストピアのSF。無機質な白い世界で、番号で呼ばれる人間たちの話。あの映画の主人公の番号が、THX 1138だった。
後年、ルーカスは「スター・ウォーズ」の中にこっそりその番号を忍ばせた。ファンへのウィンクだ。
そういう遊び心が、僕は好きだった。
アメリカには、そういうものが詰まっていた。映画にも、音楽にも、ジーンズにも。
僕らはそれを、海の向こうから必死に受け取ろうとしていた。
* * *
二 青木くんのリーバイス
中学に入った頃、青木くんはすでに僕らの遥か前を走っていた。
青木くんというのは、同じクラスの男で、名字が青木だから青木くんと呼んでいた。名前はたしか修一だったが、誰も修一とは呼ばなかった。青木くんは青木くんで、それで完結していた。
彼はいつも何かを先に知っていた。音楽でも、映画でも、ファッションでも。僕らが気づく三ヶ月前には、青木くんはすでに次のものへと移っていた。
そんな青木くんが、ある朝教室に入ってきたとき、何かが違った。
脚だった。
はいているジーンズが違った。
それまでの僕らは、田舎町の洋品店に並ぶ「とりあえずジーンズ」を誇らしく履いていた。国産の、なんだかわからないメーカーの、でも青くてジーンズの形はしているそれを。それで十分だと思っていた。
青木くんは教室の真ん中に立って、こう言った。
「おい。これからはこれだぞ」
リーバイスの501だった。
「昨日、アメ横で買ってきたんだ」
僕らは黙って見ていた。いつも斜に構えている連中が、言葉を失っていた。
ジッパーではなかった。ボタンだった。フライがボタンで留まっている、一見面倒くさそうなそれは、しかし妙に格好よかった。シルエットが違った。腰の落ち方が、脚の流れ方が、何かが根本的に違った。
ガツン、と頭の中で音がした。
あ、またやられた。
悔しかった。でも欲しかった。
その週末、僕らは上野へ向かった。「斜に構えた田舎のガキ一行」が、母親にねだって小遣いをかき集めて、アメ横へと。
手に入れた501を履いた日の感触を、今でも覚えている。
アメリカを、穿いた、と思った。
それから何十年も経った今も、クローゼットには501が山積みになっている。型が変わっても、流行が変わっても、結局そこへ戻る。ジーンズ=501、という刷り込みは、もう体に染み付いて取れない。
青木くんのせいだ。
いや、青木くんのおかげだ。
* * *
三 有楽町、一九七四年
「アメリカン・グラフィティ」が日本で公開されたのは、一九七四年のことだった。
僕らは揃いの501を履いて、有楽町へ向かった。
青木くんも一緒だった。
映画館に入る前、青木くんは何も言わなかった。ただ少し早足で歩いていた。僕はそれが青木くんなりの興奮の表れだということを、その頃には知っていた。
暗くなった映画館で、僕らは二時間、息をするのも忘れそうになっていた。
ウルフマン・ジャックの声。
黄色いデュースクーペ。
ローラースケート。
ロックンロール。
ジュークボックス。
一九六二年のアメリカが、スクリーンに広がっていた。僕らが生まれた頃の、あるいはまだ生まれていなかった頃の、遠い遠いカリフォルニアが。
エンドロールに、こんな一行が出た。
"Where were you in '62?"
"1962年の夏、あなたはどこにいましたか?"
映画館を出て、青木くんはしばらく黙っていた。それから言った。
「俺、向こうに行くかもしれん」
僕は何も聞かなかった。聞く必要がなかった。
青木くんはアメリカへ行くつもりだ、とそのとき確信した。
* * *
四 青木くんのサンフランシスコ
高校を卒業すると同時に、青木くんはサンフランシスコへ渡った。
送別会も何もなかった。ある朝、いなくなっていた。それが青木くんらしかった。
向こうで何をしていたか、断片的には聞いた。古着の買い付けをしていた、という話。ヴィンテージのデニムを掘り起こして、日本へ送っていた、という話。向こうのリサイクルショップを回って、誰も気づいていない五〇年代の一枚を見つける、そういう仕事だったらしい。
青木くんにしかできない仕事だ、と思った。
僕らがまだ国内でうろうろしている間に、青木くんはとっくに本物のアメリカの中にいた。映画の中ではなく、街の中に。
数年後、帰国した青木くんは原宿に店を出した。
輸出入の業者として、アメリカと日本を行き来しながら集めた古着やグッズを売る店だった。
一度だけ行ったことがある。
狭い店の中に、見たことのないものが詰まっていた。五〇年代のバーシティジャケット。六〇年代のワークシャツ。古いレコードのポスター。真鍮のバックル。色褪せたが、その色褪せ方が完璧な、デニムたち。
青木くんは相変わらず、何かを先に知っていた。
「最近な」と彼は言った。「向こうの若いやつらが、五〇年代のものを掘り返し始めてる。もう一周するかもしれん」
僕には何のことかよくわからなかった。でも青木くんが言うなら、そうなるのだろうと思った。
残念ながら、店は長くは続かなかった。
詳しいことは聞かなかった。時代のせいかもしれないし、青木くん自身が次へ移りたくなったのかもしれない。どちらにしても、あの店がなくなったと聞いたとき、僕は少しだけ、時代の一区切りを感じた。
* * *
五 憧れは褪せない
昨今、アメリカは近くなった。
ネットを開けば、向こうの古着屋が出てくる。欲しいものを検索すれば、海の向こうから届く。六〇年代のジュークボックスも、五〇年代のジャケットも、クリックひとつで手に入る時代だ。
でも、何かが違う。
僕らが憧れた六〇年代のアメリカは、そこにはない。
ウルフマン・ジャックが深夜ラジオで喋っている、あのアメリカ。デュースクーペが国道を流している、あのアメリカ。ジュークボックスが輝いている、ドライブインの、あのアメリカ。
それは映画の中にしかない。あるいは、僕らの記憶の中にしかない。
でも、だからこそ色褪せない。
偶然つけたテレビで「アメリカン・グラフィティ」が流れた夜、僕が感じたのはそれだった。現実のアメリカへの憧れではなく、あの映画が作り出した、永遠に一九六二年の夏であり続ける、あの世界への憧れ。
それは本物の記憶ではない。僕らは一九六二年のカリフォルニアにはいなかった。ギリギリこの世に生まれてはいたが、田舎の日本の、どこかにいた。
でも、心はあそこにいた。
青木くんもそうだったのだと思う。だから渡った。本物を探しに。
尚も、いつかあの黄色いデュースクーペをと思っている。
カートが憧れた、白いサンダーバードの金髪の女性も、だなんて。
時を越えて、僕らの憧れは果てしなく続く。
* * *
終章 THX138
テレビを消した後、しばらくそのまま座っていた。
部屋は暗かった。外は静かだった。還暦を越えた男がひとりで、黄色いクルマの余韻の中にいた。
こんなきっかけで、すべてが引っ張り込まれる。色褪せずに残った心の中へと。
笑顔は、あの頃以上のものになる。
良い季節だったと、良い時代だったと、誇らしく誰かに伝えたくなる。
青木くんは今、どこにいるだろう。
まだ何かを先に知っていて、僕らの遥か前を走っているだろうか。
それとも、どこかの街で501を履いて、古いレコードでもかけているだろうか。
聞いていない。聞く必要はない。
"Where were you in '62?"
僕らは、確かに、ギリギリ、なんとか、この世に生は受けてはいた。
けれども。。。
THX138

