コーヒールンバ
— 砂糖二つだった頃 —


〜まえがき〜

コーヒーが飲めなかった頃がある。
——いや、正確には「飲める自分でいたかった頃」がある。
苦くて、渋くて、大人の飲み物だと思っていた。だから砂糖を入れ、ミルクを入れ、それでもなんとなく落ち着かなくて、本当は紅茶の方が好きだったのに、なぜかコーヒーを頼んでしまう。そういう時期があった。

なぜコーヒーを頼んだのか。今となってはわかる気がする。コーヒーが飲める自分でいたかったのだ。その場に、その人の隣に、ふさわしい自分でいたかったのだ。

これは、コーヒーの話であり、ある女性との恋の話であり、そして時間の話だ。

時間は残酷だ。それは誰もが知っている。しかし時間は同時に、優しくもある。傷を癒し、記憶を柔らかくし、かつて苦かったものを、いつか香り豊かなものへと変えていく。

コーヒーを飲むたびに、思い出す人がいる。その人は今も、どこかで微笑んでいるだろうか。

願わくば、そうであってほしい。




1章 コーヒールンバが流れる店

コーヒールンバ、という曲を知っているだろうか。

古いラテンの曲で、歌詞はこんな意味だと、後になって知った。「昔アラブの偉いお坊さんが、恋を忘れた悲しい男に、しびれるような甘い香りのコーヒーを飲ませた」という話らしい。

失恋した男がコーヒーで癒される。なんともシンプルで、しかし妙に納得のいく話ではないか。

僕がその曲を初めて意識したのは、大学三年の冬だった。

彼女が働いていた喫茶店に、その曲がよく流れていた。

その喫茶店は、大学のそばにあった。駅から少し外れた、細い路地の突き当たり。知らなければ通り過ぎてしまうような場所に、「喫茶 ムーン」という小さな店があった。

看板は古くて、文字の塗料が少し剥げていた。ドアを押すとベルが鳴り、コーヒーの香りが鼻をついた。照明は暗めで、カウンターに六席、テーブルが三つ。壁際の棚には古いレコードが並んでいて、いつも低音量でジャズかラテンかボサノバが流れていた。

そこで彼女は働いていた。

島田真央。

それが彼女の名前だった。

最初に会ったのは、友人に連れられてその店に入った時だった。

秋の終わりの、肌寒い午後だった。授業の後、行くところもなく、友人の「いい店がある」という言葉についていった。それが全ての始まりだった。

ドアを開けると、カウンターの中に一人の女性がいた。白いエプロンをして、長い髪を後ろで束ねていた。顔を上げて、「いらっしゃいませ」と言った。

その声が、妙に印象に残った。

低すぎず、高すぎず。ちょうどいい音域の、落ち着いた声だった。

僕は友人の後ろで、なんとなく彼女から目が離せなかった。

その日、僕はカフェオレを頼んだ。

コーヒーが苦手だったからだ。いや、正確には、コーヒーを一人前に飲める自信がなかったと言うべきか。砂糖やミルクでごまかせるカフェオレなら、まだ飲める。

友人はアイスコーヒーを頼み、砂糖も何も入れずにストローで吸った。大学に入ってすぐにコーヒーの苦さに目覚めた、と言っていた。

「お前はまだカフェオレか」と笑われた。

「うるさい」と返したが、少し恥ずかしかった。

カウンターの中の彼女は、僕たちのやり取りを聞いていたかもしれない。でも、特に何も言わなかった。ただ丁寧にカフェオレを作って、「お待たせしました」と出してくれた。

その所作が、なんとなく綺麗だった。




2章 彼女のこと

島田真央のことを、最初からちゃんと知っていたわけではない。

何度か店に通ううちに、少しずつわかってきたことがある。彼女は同じ大学の二年生で、経済学部だった。バイトはもう一年以上続けていて、マスターの佐久間さんからも信頼されているらしかった。

性格は穏やかで、しかし芯が強かった。理不尽なことには静かに、しかしはっきりと意見を言う。一度、酔った中年の男性客が横柄な態度を取った時、彼女は笑顔を崩さずに、しかし毅然として「申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑になりますので」と言い切った。その場はすんなり収まった。

僕はカウンターの端からその様子を見ていて、なんだかすごい人だと思った。

彼女と初めてまともに話したのは、ある雨の日の夕方だった。

客が僕一人になったタイミングで、彼女がカウンターを拭きながら「いつもありがとうございます」と言った。

「こちらこそ」と答えたが、何を言えばいいのかわからなくて、それ以上言葉が続かなかった。

「コーヒー、苦手ですか?」と彼女は聞いた。

「え?」

「いつもカフェオレですよね。それとも、カフェオレが好きなんですか」

見ていたのだ。常連客の注文くらいは把握しているだろうが、それにしてもちゃんと見ていてくれたのだ、という事実が、妙に嬉しかった。

「苦手、というか……まだ慣れてないというか」と僕は正直に言った。

彼女は少し笑った。「正直ですね」

その笑顔が、まずかった。

それから僕は、週に三回以上その店に顔を出すようになった。

友人には「入れ込みすぎだ」と言われたが、気にしなかった。彼女と少しでも話せる時間が、その週の中で一番楽しかった。

話すといっても、長い会話ではない。彼女はバイト中だから、接客の合間の短いやり取りだ。でも、それで十分だった。

「今日は寒いですね」「そうですね、冬になりましたね」という会話でも、彼女が自分に向けて話してくれているという事実が、何か大事なものを満たしてくれた。

恋というものは、最初はそういうものだと思う。相手の声が聞けるだけで、十分だと感じる時期がある。

告白したのは、冬の初めだった。

店の閉店間際を狙った。最後の客が帰り、佐久間マスターが奥に引っ込んだタイミングで、カウンターの前に立った。

「あの」と言ったきり、次の言葉が出なかった。

彼女はコーヒーカップを磨きながら、こちらを見た。

「どうかしましたか?」

「好きです」と僕は言った。それだけ言えた。

彼女は少し目を丸くして、カップを置いた。

しばらく沈黙があった。時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえた。

「……ありがとうございます」と彼女は言った。「少し、時間をもらえますか」

断られなかった。それだけで、その夜は眠れなかった。


3章 砂糖とミルクの青春

付き合い始めたのは、告白から一週間後だった。

彼女からの返事は、次に店に行った時に、カウンター越しに告げられた。

「よろしくお願いします」

それだけだった。しかし、それで十分すぎた。

帰り道、十二月の冷たい風の中を、なぜか暑い思いをしながら歩いた。口元が緩んで止まらなくて、自分でもおかしいと思いながら、それでも止められなかった。

付き合い始めてから、僕は彼女が働く喫茶店に行く時の居心地が、少し変わった気がした。

以前は「彼女に会いに行く場所」だったのが、今は「彼女の職場にお邪魔している場所」になった。気を遣うようになった。他の客の邪魔にならないように、彼女の仕事の妨げにならないように。

バイトのない日に会う方が、自然だった。

ファミレス、公園、図書館。大学生のカップルが行けるような場所を、一通り巡った。お金がなかったから、高い店には行けなかった。でも、そういう場所の方が、かえって会話が弾んだ気がする。

デートの帰りに、喫茶店に寄ることがあった。

彼女がバイトしている「ムーン」ではなく、別の店だ。駅前の、チェーン店でもなく、かといって気取ってもいない、ごく普通の喫茶店。

そこで僕は、いつもコーヒーを頼んだ。

砂糖を二つ、ミルクをたっぷり入れて。

一度、真央がそれを見て笑った。「砂糖、入れすぎじゃないですか」

「ちょうどいいんだよ」と言ったが、自分でも少し入れすぎだとは思っていた。

「甘いものが好きなんですね」

「コーヒーはまだ慣れてないから」と正直に言うと、彼女はまた笑った。

「じゃあ、練習しましょうか」

「練習?」

「まず砂糖を一つにして、次は半分にして、最後はなしにする。そうやって少しずつ慣れていけばいいんです」

彼女の言い方は、先生みたいだった。でも、嫌じゃなかった。むしろ、そうやって自分のことを気にかけてくれることが、嬉しかった。

その後、僕はコーヒーに砂糖を一つだけ入れるようにした。

ミルクはまだたっぷり入れた。

真央はそれを見て「進歩してますね」と言い、少し微笑んだ。

その微笑みのために、コーヒーを飲んでいたのかもしれない。砂糖を減らしていたのかもしれない。大人になろうとしていたのかもしれない。

恋というのは、人をそういう方向に動かすものだと、後になって思った。

付き合っていた期間に、いくつかの思い出がある。

梅雨の日に二人で映画を見て、出てきたら雨が上がっていた。彼女が「晴れましたね」と言って、空を見上げた時の顔。

夏に彼女の友人たちと一緒に花火大会に行って、帰りの電車が混んでいて、彼女のそばにいるために必死に立ち続けた夜。

秋に大学の学祭があって、僕のサークルの出し物を彼女が見に来てくれた。終わった後に「よかったです」と言ってくれて、褒められ慣れていない僕はどんな顔をすればいいかわからなかった。

そういう記憶が、今もどこかに残っている。色褪せた写真のように、細部はぼやけているが、輪郭だけははっきりしている。

コーヒールンバが店に流れると、真央は少し遠い目をすることがあった。

「この曲、好きですか?」と一度聞いたことがある。

「好きとか嫌いとかじゃなくて……なんか、いつもここで流れてるから、この曲を聞くと喫茶店の匂いがするような気がして」と彼女は言った。

「コーヒーの匂いってこと?」

「そうじゃなくて、もっとぜんぶ。コーヒーの匂いも、古い木の匂いも、雨の日に湿った空気も。ぜんぶひっくるめた匂いです」

それはなんとなくわかる気がした。場所の記憶というのは、匂いとセットになっている。

「じゃあ将来、どこかでコーヒールンバを聞いたら、ここのことを思い出すのかな」と僕は言った。

真央はしばらく考えてから、「そうかもしれませんね」と言った。

その「そうかもしれませんね」が、どこかに引っかかったのを覚えている。

「ここのことを思い出す」のは、「ここにいる自分を思い出す」ということで、それはつまり、今この瞬間がいつか過去になるという予感を、彼女はすでに持っていたのかもしれない。

そう気づいたのは、ずっと後になってからだった。


4章 別れ、そして街

別れは、突然ではなかった。

じわじわと、しかし確実に、二人の間の何かが変わっていったのだと思う。

大学四年になり、就職活動が始まった。僕は文学部で、専攻は日本文学だった。はっきりした将来のビジョンがなく、就活には手間取った。エントリーシートを書きながら、自分という人間を言語化することの難しさに、毎晩うんざりしていた。

真央は経済学部で、早々に内定をもらっていた。金融関係の会社だったと記憶している。

二人の間で、何かが少しずつすれ違い始めたのは、そのあたりからだったかもしれない。

すれ違い、というのは、劇的なものではなかった。

会う回数が減った。連絡が遅くなった。一緒にいる時間の中に、以前はなかった沈黙が増えた。

悪いことをしたわけじゃない。怒鳴り合いをしたわけでもない。ただ、二人の間の何かが、少しずつ薄くなっていった。

春の終わりに、彼女から「話がある」と言われた。

どこかでそれを予感していた。だから驚かなかった。

「今まで、ありがとうございました」と彼女は言った。

「こちらこそ」と僕は言った。

それで終わった。長い言葉は、どちらもなかった。

別れた後、「喫茶 ムーン」には行けなかった。

行けないというより、行かない方がいいと思った。真央がまだそこで働いている以上、僕が顔を出すのは彼女の仕事の邪魔になるだろうと思ったのだ。

だから、あの路地を通ることも避けるようになった。少し遠回りをしても、その前を通らないルートを選んだ。

コーヒールンバを聞くたびに、あの店のことを思い出した。真央の言った通りだった。あの曲は、あの場所の記憶とセットになっていた。

就職してからも、コーヒーに対する苦手意識は抜けなかった。

社会人になれば自然とブラックで飲めるようになるものだと思っていたが、そうでもなかった。会議室でコーヒーが出ると、こっそり砂糖を入れた。打ち合わせの場でミルクを入れることを、少し恥ずかしいと思いながらも、やめられなかった。

コーヒーは苦手なまま、でも飲まなければいけない場面は増えていく。それが社会人生活というものだった。

真央のことは、時々思い出した。思い出すたびに、あの店のコーヒーの香りと、コーヒールンバのメロディが、セットで蘇ってきた。


5章 バッタリ

再会は、本当に偶然だった。

別れてから何年経っていただろうか。三年か、四年か。僕は会社員として、それなりに忙しく過ごしていた。仕事に慣れ、少し余裕が出てきた頃だった。

土曜日の昼過ぎ、都内のある街を歩いていた。仕事の用事が終わって、特に急ぐこともなく、ぶらぶらと商店街を歩いていた。

交差点で信号待ちをしていると、向こう側に見覚えのある後ろ姿があった。

長い髪を束ねて。白いコートを着て。

信号が変わった。人の波が動いた。向こう側の人たちがこちらに向かって歩いてくる。

顔が見えた。

島田真央だった。

一瞬、息が止まった。

これは誰もが経験することだと思う。昔付き合っていた人に、不意に再会した瞬間の、あの奇妙な感覚。心臓が一拍飛ぶような、時間が止まるような、あの感じ。

彼女も気づいた。

目が合った。

向こうも一瞬、表情が変わった。驚きと、何か別の感情が混じった、複雑な顔だった。

無視するわけにはいかなかった。

もし初対面なら通り過ぎればいい。もし顔見知り程度なら、軽く会釈するだけでもいい。しかし、かつて付き合っていた相手だ。無視して通り過ぎるのは、それ自体が一種の「態度表明」になってしまう。

「やあ」と僕は言った。声が、少し上ずった。

「あ、こんにちは」と彼女は言った。

交差点の真ん中で、二人で立ち止まった。周りの人たちが、流れていく。

「元気?」

「うん、元気。あなたは?」

「まあ、なんとか」

そういう言葉しか出てこなかった。当然だ。何年も経って、交差点でバッタリ会って、すぐに中身のある言葉が出るはずがない。

でも、「うん」とうなずいてくれた時、なぜか救われた気がした。

怒っているわけでも、冷たいわけでもない。ちゃんと普通に、昔の知り合いとして話してくれている。それだけで、十分だった。

「せっかくだから、お茶でも」と言ったのは、僕の方からだった。

言いながら、少し後悔した。余計なことを言ったかもしれない、と思った。

しかし彼女は少し考えてから、「そうですね」と言った。

「そうですね」。

付き合っている頃の口調に戻っていた。年上の僕に対する、丁寧だけど親しみのある言い方。その言葉遣いが戻ってきたことが、なんとなく嬉しかった。

近くに喫茶店があった。こぢんまりとした、静かな店だった。

二人でドアを押した。


6章 ホット、ください

店内は落ち着いた雰囲気だった。BGMはジャズで、客は数人。窓際の席が空いていた。

向かい合って座ると、久しぶりに彼女の顔をちゃんと見た。

変わっていなかった。正確には、少し変わっていたが、本質的なものは変わっていなかった。社会人として数年を過ごした落ち着きのようなものが加わっていたが、目の表情や、口元の雰囲気は、あの頃のままだった。

「久しぶりですね」と彼女は言った。

「何年ぶりだろう」

「三年か四年くらいですか」

「そのくらいだと思う」

店員が来た。彼女はすぐに「アイスコーヒーをください」と言った。

僕は一瞬考えて、「ホット、ください」と言った。

「あら」と真央は言った。

その一言で、すべてが蘇った。

「コーヒー、飲めるようになったのね?」

柔らかい驚きの声だった。批判でも皮肉でもなく、ただ純粋な驚き。

「まあ、一応」と僕は答えた。

一瞬で、あの頃に引き戻された。

砂糖を二つ、ミルクをたっぷり入れていたあの頃。「練習しましょうか」と言ってくれた彼女。「進歩してますね」と微笑んでくれた顔。あの喫茶店のカウンター。コーヒールンバのメロディ。

すべてが、「ホット、ください」という言葉一つで、一気に蘇ってきた。

本当はあの時、「ホット」ではなく「紅茶」と言いたかった。

今もコーヒーが得意というわけではない。飲めるようにはなったが、積極的に選ぶほど好きではない。あの店に入った瞬間、紅茶の方が飲みたいと思った。

でも「ホット」と言った。

なぜか。

コーヒーを飲む自分でいたかったから、だろうか。彼女の前で、コーヒーを飲める大人になった自分を見せたかったから、だろうか。

そう考えて、ああ、あの頃と変わっていないな、と思った。彼女の前でコーヒーを頼んでいた、あの大学生の頃と。見栄を張って、でもごまかして、コーヒーに砂糖を山ほど入れていたあの頃と、何も変わっていない。

そう思ったから、話をごまかした。

「まあ、一応」と言って、それ以上は言わなかった。

コーヒーが来た。

僕は自然な手つきを装いながら、そっと砂糖を一つ入れた。

ミルクは入れなかった。それだけは、あの頃と違った。

ほろ苦いコーヒーを一口飲んで、窓の外を見た。

街は続いていた。人が歩き、車が走り、何事もなく時間が流れていた。

真央はアイスコーヒーのストローに口をつけながら、「仕事は?」と聞いた。

「なんとかやってる」と僕は答えた。「あなたは?」

「私も。部署が変わったりしたけど、同じ会社にいます」

普通の会話だった。当たり前の会話だった。しかし、その普通さが、妙に切なかった。


7章 あの頃へ

話したいことがあって、その喫茶店に誘ったのだ、と心のどこかで思っていた。

しかし実際に向かい合って座ると、「話したいこと」が何だったのか、うまく言えなかった。

正確には、話したいことはあった。でも、それを言葉にしていいのかどうか、わからなかった。

終わった関係は、終わった関係だ。お互いにそれはわかっている。今さら蒸し返すつもりはない。ただ、あの別れ方が、あまりにもあっさりしすぎていたから。もう少し、何か言えることがあったんじゃないかという気がしていたから。

でも、それをこの場で言うべきかどうか。

言えなかった。

代わりに、昔の話をした。

大学の頃の話。共通の知人のその後。彼女のバイト先だった「喫茶 ムーン」のこと。

「あのお店、まだあるのかな」と真央は言った。

「さあ。僕はもう何年もあの辺には行ってないから」

「佐久間さん、元気かしら」

「マスターは頑固だから、まだやってると思う」

真央は少し笑った。

「コーヒールンバ、覚えてますか? あのお店でよく流れてた曲」

「覚えてる」と僕は言った。「今でも、あの曲を聞くとあの店を思い出す」

「私も」と彼女は言った。「あと、コーヒーの匂いも」

それはあの頃、彼女が言っていたことと同じだった。場所と匂いと音楽は、記憶の中でひとつになる、ということ。

「あの頃、砂糖をたくさん入れてたよね」と真央は言った。

「覚えてるんだ」

「覚えてます。山盛りって感じだった」

「山盛りは言いすぎだよ」

「二つか三つ入れてたじゃないですか」

「……まあ」

真央は笑いながら「今は違うんですか?」と聞いた。

「今は砂糖一つ。ミルクは入れない」

「進歩してる」

あの頃と同じ言葉だった。「進歩してますね」。

その言葉が聞けただけで、何か報われた気がした。

なぜコーヒーを頼んだのか、本当のことを言おうかと思った。

紅茶が飲みたかったけど、あなたの前でコーヒーを飲める自分でいたかった。あの頃と変わっていない。今もそういう見栄を張ってしまう。

でも、言わなかった。

それを言ってしまうと、「あの頃のまま」であることが確定してしまう気がして。成長していない自分を、正面から認めることになる気がして。

だから話を変えた。天気の話をした。仕事の愚痴を少し言った。真央は聞きながら、時々うなずいた。

コーヒーは、砂糖一つで最後まで飲んだ。


8章 笑顔のこと

一時間ほど話して、お開きになった。

店を出ると、外はもう夕方で、空が少しオレンジがかっていた。

「じゃあ、私はこっちなので」と真央は言い、来た方向と反対側を指さした。

「ああ、そっちか。じゃあ」

「うん。またね」

そう言って、真央は歩き出した。

僕は少し見送って、それから自分も歩き出した。

振り返らなかった。振り返ってしまうと、何か変なことになりそうな気がしたから。でも、真央がどこかで振り返ったかどうかは、わからない。確かめなかった。

電車の中で、今日のことを反芻した。

バッタリ会うのは、恋愛小説や映画ではよくあることだが、現実でもやはり起きるものだ。その時の感情は、フィクションで描かれるほどドラマチックではない。もっと混乱していて、もっと平凡で、もっとぼんやりしている。

再燃した、というわけではない。それはわかっている。

ただ、彼女がちゃんとそこにいて、ちゃんと笑っていて、「進歩してる」と言ってくれたこと。それが嬉しかった。それだけだ。

でも、そのシンプルな嬉しさが、なんだかとても大事なもののように感じられた。

笑顔というのは不思議なものだと思う。

当たり前のように思えて、当たり前ではない。嬉しい時だけでなく、困った時にも笑顔を作れる人間がいる。怒っている時でも、怒りを隠すために笑顔を作る人間がいる。

真央の笑顔は、そういう複雑さを含んでいた。

あの頃、理不尽な客の前でも笑顔を崩さなかった彼女。でもその笑顔の奥に、何か確固とした意志が宿っていた。笑っているから柔らかいのではなく、笑いながらも折れない強さがあった。

そういう笑顔を持つ人間に、僕は弱い。

今日の真央の笑顔も、あの頃と変わっていなかった。いつも微笑んでいてほしいと思う。でも、それは願えることではない。彼女は彼女の人生を生きている。自分の都合で、いつも微笑んでいてほしいなどと思うことは、おかしな話だ。

わかっている。でも、そう思う。

終わった仲だ、と自分に言い聞かせた。

電車が駅に着くたびに、そう思った。終わった。あの別れの日から、もう何年も経った。彼女には彼女の生活があり、僕には僕の生活がある。今日のことは、ただの偶然の再会で、それ以上でも以下でもない。

わかっている。

でも、コーヒーの味が、舌の奥にまだ残っていた。砂糖一つで飲んだ、少し苦いコーヒーの味が。

そしてコーヒールンバのメロディが、頭の中でいつの間にか流れていた。


9章 時間が変えるもの

あれから時間が経った。

仕事が変わった。住む場所が変わった。会う人間が変わった。

そして、結婚した。

妻は、穏やかな人だ。笑い上手で、怒る時もあるが根を引かない。料理が上手で、週末の朝はいつも美味しいものが食卓に並んでいる。

結婚してからは、さすがに街でバッタリ、ということはなくなった。いや、「なくなった」というより、「なくなるはずだ」という安心感の中で生きるようになった、と言うべきか。

生活というのはそういうものだ。偶然の出会いや別れよりも、決められた秩序の中で、毎日が過ぎていく。

コーヒーを本当に好きになったのは、三十代に入ってからだった。

きっかけは、出張先で飲んだ一杯のコーヒーだった。

地方の小さなカフェ。マスターが丁寧にハンドドリップで淹れてくれた。砂糖もミルクもなく、そのまま口にした。

苦かった。しかし、その苦さの奥に、複雑で豊かな何かがあった。果物のような酸味と、チョコレートのような深み。それが後から来た。

これがコーヒーなのか、と思った。

今まで自分が飲んでいたものは、コーヒーという名前の別の何かだったのかもしれない。

今は豆を自分で選んで、手で挽いて飲む。

香りを重視する。豆の産地や焙煎度合いを見て、今日の気分に合うものを選ぶ。グラインダーで挽く時の音が好きだ。挽きたての粉の香りが広がる瞬間が好きだ。

砂糖は入れない。ミルクも入れない。ブラックで飲む。

あの頃の自分が見たら、驚くだろうか。砂糖を山盛り入れていた大学生が、今は豆を手で挽いてブラックで飲んでいる。

人は変わるものだ。好みも、習慣も、感覚も。それが成長なのか、老いなのか、単なる変化なのか、よくわからない。でも、変わった。確かに変わった。

変わらないものもある。

コーヒールンバを聞くと、あの店を思い出す。真央の声を思い出す。砂糖を入れすぎていたコーヒーの甘さを思い出す。

時間は流れる。しかし記憶は流れない。流れているようで、どこかに引っかかって残る。

それは悪いことではない、と今は思う。

あの頃があって、今がある。あの苦さがあって、今の味がある。あの別れがあって、今の生活がある。

何もかもがつながっている。切り離せない。だから、昔の恋を懐かしく思うことも、後悔することも、どちらも否定することはない。それはすべて、今の自分を作った材料の一部だ。

真央のその後を、僕は知らない。

あの再会の後、彼女とは連絡を取っていない。取るべきではないと思ったし、取りたいとも思わなかった。正確には、取りたい気持ちはあったかもしれないが、取るべきではないという理性が勝った。

彼女が今、どこで何をしているのか。幸せでいるのか。今もあの笑顔でいるのか。

わからない。確かめる術もない。

でも、きっと大丈夫だ、と思う。根拠はない。でも、あの笑顔を持っている人間は、たいていのことは大丈夫だ。そういう強さが、あの笑顔には宿っていた。


10章 ブラックで飲める朝

日曜日の朝。

妻はまだ寝ている。子供たちも寝ている。静かな時間だ。

僕は一人でキッチンに立ち、グラインダーで豆を挽く。

ガリガリという音が、静かな朝の空気に響く。

挽きたての粉をドリッパーに入れ、湯を少しだけ注いで、蒸らす。三十秒。その間に、粉がふっくらと膨らむ。新鮮な豆の証拠だ。

それからゆっくりと湯を注いでいく。細い湯を、円を描くように。急がない。丁寧に。

コーヒーが落ちてくる。

深い色の液体が、カップに少しずつ溜まっていく。

香りが部屋に広がる。

コーヒーの香りというのは、今でも少し懐かしい気持ちにさせる。あの喫茶店の空気を、どこかで思い出させる。真央がエプロンを締めて、カウンターの中に立っていた光景を。

懐かしい、というのは悲しいことではない。

むしろ、その記憶が今もちゃんと残っているということが、何か大事なことのように思える。あの時間は、確かに存在したのだ。あの会話は、確かに交わされたのだ。

それで十分だ。

カップにコーヒーを注いで、テーブルに持っていく。

椅子に座り、一口飲む。

苦い。でも、その苦さが好きだ。

砂糖は入れない。ミルクも入れない。ブラックのまま、ゆっくりと飲む。

あの頃の自分に教えてやりたい、と思う。

いつかコーヒーが好きになるよ、と。砂糖もミルクも入れずに飲める日が来るよ、と。それまでの時間も、ぜんぶ意味があるよ、と。

でも、教えなくていい。あの時間があったから、今がある。遠回りに見えても、それが自分にとっての道だった。

窓の外で、小鳥が鳴いている。

日差しが部屋に差し込んできている。

コーヒーカップを両手で包んで、少し目を閉じる。

コーヒールンバのメロディが、頭の中に浮かんだ。あの古いラテンの曲。「恋を忘れた悲しい男に、甘い香りのコーヒーを飲ませた」という歌。

今の自分は、恋を忘れた悲しい男ではない。

でも、コーヒーを飲みながら、かつての恋を少しだけ思い出す。それくらいの余裕が、今はある。

大人になったのだと思う。

苦いものを苦いまま受け入れて、それでも美味しいと感じられるようになった。それが大人になるということの、一つの定義かもしれない。

妻が起きてきた。

「早いね」と彼女は言い、眠そうな目をこすりながらキッチンへ向かった。

「コーヒー、もう一杯淹れようか」と僕は言った。

「うん、お願い」

グラインダーをもう一度手に取る。

豆を挽く音が、また朝の空気に響く。

コーヒールンバは、もう頭の中にない。

今ここにあるものの音だけが、聞こえている。



〜エピローグ〜

香りのこと

コーヒーの香りは、記憶を呼び覚ます。

それは科学的にも説明できることらしい。嗅覚は他の感覚とは異なる経路で脳に届き、記憶と感情を司る部位に直接つながっているという。だからコーヒーを嗅ぐだけで、あの喫茶店の午後が蘇ったり、誰かの声が聞こえる気がしたりする。

真央の声は、コーヒーの香りとセットになっている。

それはもう変わらないだろう。コーヒーを飲むたびに、彼女のことを思い出す。でも、それはもはや痛みではない。ただの、記憶だ。


コーヒールンバは、今でも時々耳にする。

ショッピングモールのBGMで流れていたり、カフェで流れていたり。あの古いメロディは、半世紀以上を超えて、今も生き続けている。

あの曲を聞くたびに、僕は少しだけ若返る。砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲んでいた頃に、一瞬だけ戻る。そしてまた、今に戻る。

それでいい。

過去は過去で、今は今だ。どちらも本物で、どちらも自分の一部だ。


今日もコーヒーを淹れる。

豆を挽く。湯を注ぐ。香りが広がる。

カップを手に取り、一口飲む。

苦くて、深くて、美味しい。

大人になったものだ、と思う。

そして少しだけ、あの頃を懐かしく思う。

砂糖をたくさん入れて、彼女に笑われていたあの頃を。コーヒーが飲めないくせに、コーヒーを頼んでいたあの頃を。コーヒールンバが流れる、薄暗い喫茶店の、あの空気を。


─ 了 ─


アマゾン キンドル



〜あとがき〜

この小説を書きながら、コーヒーを何杯も飲んだ。

昔はミルクと砂糖なしでは飲めなかったコーヒーが、今は豆を選んでブラックで飲めるようになっている。人の味覚というのは変わるものだと、改めて実感した。

コーヒーの味が変わるように、恋の記憶も変わる。渦中にある時は甘くて、別れた後はひどく苦くて、時間が経つとほんのり懐かしい香りになる。

この物語の主人公は、特別な人間ではない。どこにでもいる、ごく普通の男だ。見栄を張って、うまく言えなくて、気づいた時には大事なものが変わっていた。そういう人間の話を書きたかった。

真央という人物は、一人の女性というより、「過去の大切な時間」の象徴として書いた。誰にでも、そういう存在がいると思う。名前は違っても、場所は違っても、コーヒーの味と結びついているような、そういう記憶が。

コーヒールンバを聴きながら読んでいただけたなら、嬉しく思います。