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昨日の境界線 〜軽井沢、ジョンのいた季節〜
〜序〜
ジョンが
ヨーコを頼むと言う
えっ? と問うと
未来を見てしまったと
嘆いている
そう
彼らは
未来からの使者により
時空移動が出来るらしく
その運命を
知ってしまったと
そんなことは
変えたら良い
知ったならば
違う道を歩んだら良い
そう問うが
それは無理だと
歴史は変えられないと
うつむく
だから
今から
ヨーコを頼むと…
それは
なぜゆえ僕なのか? と問うと
あの日
軽井沢でキミを見掛けたと
いや
見掛けたのは僕で
ただの群衆の中のひとり
キミには
そうだったろうが
僕らは
繋ぐキミを探していたと
しかし
それは出来ない
僕はあくまで一般人
貴方とは違う道を歩んでいる
それは分かっているが
キミの未来を見て決めた
だから 頼むと言う
えっ?
僕の未来?
それは? と問うが
いずれ分かると微笑む
ならば分かった
ビートルズに入れてくれ
そしたら
その話 受けようじゃあないか
どうです
それは出来ないでしょう?
すると
ほらね
そういうことさ と
ジョンは笑う
そして
ビートルズは5人になった
全米ツアーから
アジアツアー
武道館まで終え
解散
そして
1980.12.8
その日
ありがとな とジョンが
微笑んだ
いや
楽しかったのは僕の方さと
握手をした
ならばちよっと待って
貴方はやはり
世界の宝
僕が変わりに
貴方の姿に化けて
ヨーコとダコタハウスに立とう
もちろん
防弾ジョッキを着て
防衛するから大丈夫だ
貴方は影から
援護してくれ
すると
小太りの若者が近づいて来た
銃だ!
撃たれた!
でも
防弾ジョッキを着ている
いや
僕ではない
ジョンだ!
その瞬間
入れ替わってしまっていた
なぜだ?
歴史は変えられなかったのねと
ヨーコが泣き叫んでいる
僕は
もうそこにはいない
そう
最初からいなかったことに
なっている
ビートルズは?
4人だ
そうだ
僕の存在は
どこにもない
夢か?
夢だ!
未来からの使者は言う
ジョンはキミに
感謝していたと
歴史を曲げようと
逆らってみたが
時空はそれを許さなかったと
ヨーコは?
いや
ヨーコの記憶にも
キミはもういない
ならばなぜ?
ジョンからキミへの
感謝だよ
キミはこれから
生涯
ジョンを背負って生きていくだろう
そして
ジョンの足跡を丁寧に辿るだろう
万平ホテル
見晴台
離山房
樹の花…
その時
ジョンは必ずキミのそばにいて
耳元で囁くはずだ
その道
そのままで良いと…
慌てて飛び起きた今朝
そんな夢をみた
枕元には
先日引っ張り出した
あの武道館の
はっぴと資料とが
散乱していた
最近
そんな
夢ばかりを
みる…
〜まえがき〜
この物語は、ある朝、ふと目覚めたときに胸の奥に残っていた“夢の残像”から始まりました。
それはただの夢にしてはあまりに鮮明で、現実にしてはあまりに儚く、
まるで別の時間を旅してきたかのような感覚を伴っていました。
ジョン・レノンという存在は、時代を越えて多くの人の心に影響を与え続けています。
彼の音楽、言葉、生き方は、今もなお世界のどこかで誰かの人生を揺らし、
静かに寄り添い、時に背中を押してくれる。
この物語は、そんなジョンの“影響”を、ひとりの男の視点から描いたものです。
歴史は変えられない。
しかし、人の心は変わり、揺れ、響き合う。
その“響き”こそが、時空を越えて人を動かすのだと、
夢の中のジョンが教えてくれた気がします。
読者の皆さまがこの物語を通して、
自分の中に眠る“もしも”や“願い”にそっと触れていただけたなら、
嬉しく思います。
第1章 軽井沢の影
軽井沢の朝は、どこか別世界の入口のようだった。
四月の空気はまだ冷たく、吐く息は白くほどけていく。
万平ホテルの木造の廊下を歩くたび、床板がかすかに鳴り、
その音が静寂をいっそう深くする。
僕はロビーの窓辺に立ち、庭に落ちる光を眺めていた。
朝日が木々の間から差し込み、細い光の筋が霧のように漂う。
その光景は、まるで時間そのものがゆっくりと流れているようで、
現実と夢の境界が曖昧になっていく。
――誰かに見られている。
ふいに、そんな感覚が背中を撫でた。
振り返る。
しかし、ロビーには誰もいない。
ただ、古い柱時計の針が静かに時を刻む音だけが響いていた。
「気のせいか…」
そう呟きながら、僕はホテルを出た。
朝の軽井沢は、観光客の姿もまばらで、
鳥の声と風の音だけが耳に届く。
万平ホテルから見晴台へ向かう道を歩きながら、
僕は胸の奥に残る“視線”の感覚を振り払おうとしていた。
だが、歩けば歩くほど、その感覚は強くなる。
まるで、誰かが僕の背後に寄り添い、
同じ景色を覗き込んでいるような――そんな気配。
見晴台に着くと、眼下に広がる浅間山の稜線が朝日に染まり、
空気は澄み切っていた。
僕は深呼吸をし、冷たい空気を肺に満たす。
その瞬間だった。
――その道、そのままで良い。
耳元で、誰かが囁いた。
風の音ではない。
確かに“声”だった。
僕は思わず振り返った。
しかし、そこには誰もいない。
ただ、木々が揺れ、葉が擦れ合う音がするだけ。
「……誰だ?」
声に出してみても、返事はない。
だが、胸の奥に奇妙な既視感が残った。
この声を、どこかで聞いたことがある。
いや、聞いたことがあるはずがない。
そんな人物と僕は関わりがない。
それでも――
その声は、確かに僕の名前を知っているような響きを持っていた。
僕はしばらくその場に立ち尽くした。
浅間山の稜線が揺らめき、
世界がわずかに歪んだように見えた。
そして、胸の奥にひとつの言葉が浮かんだ。
――始まってしまった。
何が始まったのかは分からない。
だが、この軽井沢の朝が、
僕の人生の“別の時間”を開いたのだと、
その時の僕はまだ知らなかった。
第2章 未来からの使者
軽井沢から戻った夜、僕は妙な疲労感に包まれていた。
身体は重く、頭の奥がじんわりと熱を帯びている。
万平ホテルで感じたあの“声”の余韻が、まだ耳の奥に残っていた。
「その道、そのままで良い…か」
意味は分からない。
だが、あの声は確かに僕に向けられていた。
そう思うと、胸の奥がざわつく。
その夜、僕は早めに布団に入った。
眠気はすぐに訪れたが、眠りは浅く、
夢と現実の境界が曖昧なまま意識が揺れ続けた。
そして――
突然、視界が白く弾けた。
気づくと、僕はどこかの白い部屋に立っていた。
壁も床も天井も、すべてが白。
光源がどこにあるのか分からないほど均一な光が満ちている。
「やっと来たね」
背後から声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは――
ジョン・レノンだった。
あまりに自然にそこにいるので、
驚きよりも先に、現実感が崩れ落ちた。
「……ジョン?」
「そう、ジョンだよ。
キミが知ってるジョンであり、
キミの知らないジョンでもある」
彼は笑った。
あの、写真や映像で何度も見た、少し皮肉っぽい笑み。
「ヨーコを頼む」
その言葉は、まるで挨拶のように軽く発せられた。
だが、僕の心臓は一気に跳ね上がった。
「えっ……?」
「頼むよ。ヨーコを。
キミしかいないんだ」
意味が分からない。
なぜ僕なのか。
なぜ“ヨーコ”なのか。
「ちょっと待ってくれ。
どういうことだ?」
ジョンは肩をすくめ、
「まあ、そう言うと思った」と呟いた。
その時、部屋の空気が揺らぎ、
もうひとりの人物が現れた。
白いローブをまとい、
顔は光に包まれていてよく見えない。
だが、その存在は圧倒的だった。
「未来からの使者だよ」
ジョンが軽く紹介するように言った。
使者は静かに頷いた。
「あなたは、歴史の“分岐点”に立っています」
「分岐点……?」
「本来、歴史は変えられません。
しかし、あなたは“見てしまった”。
ジョンの未来を。
そして、あなた自身の未来も」
僕は息を呑んだ。
「僕の未来……?」
ジョンは少し寂しげに笑った。
「いずれ分かるさ。
でも、まずはヨーコを頼む」
「なぜ僕なんだ?」
「軽井沢でキミを見たからだよ」
「見た? 僕が?」
「いや、見たのは僕らだ。
キミはただの観光客のつもりだったろうけど、
僕らは“繋ぐ者”を探していた」
繋ぐ者――
その言葉が胸に引っかかった。
「でも僕は一般人だ。
あなたたちとは違う」
「分かってるさ。
でも、キミの未来を見て決めたんだ」
未来を見た?
僕の?
理解が追いつかない。
だが、ジョンの目は真剣だった。
「……分かった。
じゃあ、ビートルズに入れてくれ。
そしたら考えるよ」
冗談のつもりだった。
だが、ジョンは声を上げて笑った。
「ほらね。
そういうところがキミなんだよ」
その瞬間、白い部屋が揺れ、
世界が反転するように視界が暗転した。
次に目を開けたとき、
僕はステージの上に立っていた。
眩しいライト。
割れんばかりの歓声。
隣にはポール、ジョージ、リンゴ、そしてジョン。
ビートルズは――
五人になっていた。
第3章 ビートルズの五人目
目を開けた瞬間、世界は轟音に包まれていた。
ライトが眩しい。
耳をつんざくような歓声が、波のように押し寄せてくる。
僕は反射的に目を細め、状況を理解しようとした。
ステージの床は黒く、足元には無数のケーブル。
前方には、見渡す限りの観客。
そして――
「行くぞ!」
隣でジョンが叫んだ。
その声は、夢で聞いたものよりもずっと生々しく、
汗と熱気に満ちた“現実の声”だった。
僕はギターを握っていた。
手に馴染むはずのない重さが、なぜか自然に感じられる。
身体が覚えている――そんな感覚すらあった。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
ポールのカウントが響き、
音が一斉に爆発した。
僕は弾いた。
指が勝手に動く。
観客の歓声がさらに大きくなる。
――これは夢じゃない。
その確信が、背筋を震わせた。
曲が終わると、ステージは熱気で満ちていた。
ジョージが僕の肩を軽く叩く。
「悪くなかったよ。初めてにしてはね」
「初めて……?」
僕が呟くと、ジョージは不思議そうに眉を上げた。
「何言ってんだい。
キミはずっと一緒にやってきただろ?」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
“歴史のズレ”が、静かに始まっている。
リンゴがドラムセットの後ろから手を振る。
「次の曲、準備いいかい?
キミが入ってから、音が厚くなって助かってるよ」
ポールも笑顔で親指を立てた。
「観客もキミを気に入ってる。
五人目のビートルズってわけさ」
五人目――
その言葉が、胸の奥に深く刺さった。
僕は、ビートルズの一員になっている。
歴史の中に、僕という“本来いないはずの存在”が入り込んでいる。
ライブが終わり、楽屋に戻ると、
ジョンがタオルで汗を拭きながら僕を見た。
「どうだい? 悪くなかったろ」
「……これは、本当に現実なのか?」
ジョンは笑った。
あの、少し皮肉っぽくて、どこか寂しげな笑み。
「現実さ。
キミは今、ビートルズの一員だ。
歴史は少しだけズレた。
でも、それでいい」
「でも……僕は本来ここにいないはずだ」
「そんなことは関係ない。
キミがここにいる“理由”は、もう決まってる」
ジョンの目は真剣だった。
その奥に、言葉にできない何かが宿っている。
「ヨーコのことか?」
僕が問うと、ジョンは少しだけ視線を落とした。
「そうだ。
でも、それだけじゃない。
キミの未来も関わってる」
「僕の未来……?」
ジョンは答えなかった。
ただ、肩を軽く叩き、こう言った。
「心配するな。
キミは“選ばれた”んだよ」
その言葉は、励ましなのか、警告なのか分からなかった。
その夜、ホテルの部屋でひとりになった僕は、
窓の外の街灯を眺めながら考え続けた。
なぜ僕なのか。
なぜ未来からの使者は僕を選んだのか。
そして――
この“ズレた歴史”は、どこへ向かうのか。
胸の奥に、言いようのない不安が広がる。
だが同時に、
ステージの熱気、
メンバーの笑顔、
観客の歓声が、
僕の心を強く掴んで離さなかった。
――僕は、ビートルズの一員になってしまった。
その事実が、夢のようで、恐ろしくて、
そして何より、胸が震えるほど嬉しかった。
だが、この喜びの裏側に、
“避けられない運命”が静かに迫っていることを、
この時の僕はまだ知らなかった。
第4章 運命の日の影
ビートルズの五人目としての日々は、
夢のようで、現実で、そしてどこか“借り物の時間”のようでもあった。
全米ツアー。
アジアツアー。
武道館。
歴史の教科書でしか知らなかった出来事の中に、
僕は確かに存在していた。
ステージの上でギターを弾き、
ジョンとハモり、
ポールと笑い、
ジョージと音を合わせ、
リンゴのリズムに身を委ねる。
観客の歓声は、
僕の存在を肯定してくれるようだった。
だが、ツアーを重ねるほど、
胸の奥に“違和感”が積もっていった。
ある夜、ホテルの廊下でジョンとすれ違った。
彼はタバコを片手に、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「眠れないのか?」
僕が声をかけると、ジョンは振り返り、
少しだけ笑った。
「眠れないというより、
眠るのが惜しいんだよ。
この時間が、いつまで続くか分からないからね」
「……未来を見たから?」
ジョンはタバコの火を見つめたまま、
小さく頷いた。
「そうだ。
キミも知ってるだろ。
1980年12月8日。
あの日のことを」
胸が締めつけられた。
「歴史は変えられないのか?」
「変えられない。
少なくとも、僕らが知る限りではね」
ジョンは窓の外の夜景に視線を向けた。
街の灯りが滲み、
その光が彼の横顔を淡く照らす。
「でも、キミは抗おうとしてる。
それが嬉しいんだよ」
「僕は……あなたを救いたいだけだ」
「救われる必要なんてないさ。
僕は僕の人生を生きた。
その結果がどうであれね」
ジョンの声は静かだった。
諦めでも、悲しみでもなく、
ただ“受け入れた者”の声。
「でも、キミがいてくれて良かった。
五人目のビートルズ。
キミが入ったことで、
僕らは少しだけ違う景色を見られた」
その言葉は、胸に深く刺さった。
ツアーが終わり、
ビートルズは解散した。
歴史と同じ。
だが、どこか違う。
僕がいたことで、
メンバーの関係性も、
音楽の方向性も、
微妙に変わっていた。
それでも、
“解散”という大きな流れだけは変わらなかった。
未来からの使者が言った言葉が、
胸の奥で響く。
――歴史は変えられない。
1980年が近づくにつれ、
胸のざわつきは強くなっていった。
ジョンはニューヨークへ移り、
ヨーコと静かな生活を送っていた。
僕は日本に戻り、
表向きは“普通の生活”を送っていたが、
心は常にニューヨークに向いていた。
12月に入ると、
夢を見るようになった。
ダコタハウス。
銃声。
ヨーコの叫び。
そして――
ジョンの倒れる姿。
毎晩、同じ夢。
未来は、
確実に近づいていた。
12月8日の朝、
僕は耐えきれず、ニューヨーク行きの便に乗った。
理由は分からない。
ただ、行かなければならない気がした。
ジョンを救うためか。
歴史に抗うためか。
それとも――
未来が僕を呼んでいたのか。
ダコタハウスに着いたとき、
夕暮れの光が建物を赤く染めていた。
ジョンは僕を見ると、
少し驚いたように目を見開き、
そして微笑んだ。
「来たんだね」
「来るなと言われても、来てたよ」
ジョンは笑った。
あの、どこか寂しげで、
でも温かい笑み。
「ありがとう。
キミが来てくれて嬉しいよ」
その言葉が、
まるで“別れの挨拶”のように聞こえた。
胸が痛んだ。
「ジョン……今日だけは、気をつけてくれ」
「気をつけるさ。
でも、歴史は変わらない」
ジョンはそう言いながら、
僕の肩に手を置いた。
「それでも、来てくれてありがとう」
その瞬間、
胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
――運命の日は、もう目の前に迫っていた。
第5章 ダコタの夜
ダコタハウスの前に立つと、
ニューヨークの冬の空気が肌を刺した。
街灯の光は冷たく、
建物の影は深く沈んでいる。
ジョンは僕の隣に立ち、
コートの襟を立てながら空を見上げた。
「寒い夜だね」
「……嫌な予感がする」
「予感なんて、いつだって当たらないさ。
当たるのは“決まっていること”だけだ」
その言葉が、胸に重く落ちた。
ヨーコが建物から出てきた。
白いマフラーを巻き、
少し疲れたような表情をしている。
「来てくれたのね」
「ええ。どうしても……」
言葉が続かなかった。
ヨーコは僕の目をじっと見つめ、
何かを察したように小さく頷いた。
「ジョンをお願いね」
その言葉は、
まるで“託す”というより、
“別れを覚悟した人の声”だった。
胸が痛んだ。
ジョンは僕の肩を軽く叩いた。
「キミが来てくれて、本当に良かった。
最後に、ちゃんと礼を言いたかったんだ」
「最後なんて言うなよ」
「言わせてくれ。
キミは僕の人生に、
ほんの少しだけ違う光をくれた。
それだけで十分だよ」
ジョンの声は穏やかで、
どこか遠くを見ているようだった。
「……僕が代わりに立つ。
今日だけは、僕が前に出る。
防弾ベストも着てきた。
あなたは後ろにいてくれ」
ジョンは目を丸くし、
そして静かに笑った。
「キミらしいな。
でも、それはできないよ」
「なぜだ?」
「歴史は変えられない。
キミが前に出ても、
結局は“そうなるように”なる」
「それでも……!」
僕が言いかけたその時だった。
小太りの若い男が、
ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
その歩き方は不自然で、
視線はジョンに釘付けだった。
胸が凍りついた。
「来た……」
僕はジョンの前に立とうとした。
だが、その瞬間――
世界が揺れた。
視界が歪み、
空気がねじれ、
時間が一瞬だけ止まったように感じた。
そして、気づいた。
僕とジョンの位置が、入れ替わっている。
「な……!」
僕はジョンの前に立っていたはずなのに、
気づけばジョンが僕の前にいた。
まるで、
“歴史が修正した”
そんな感覚だった。
男が銃を構えた。
「ジョン!」
叫んだ瞬間、
銃声が夜を裂いた。
乾いた破裂音が、
ダコタハウスの壁に反響する。
ジョンの身体が揺れ、
ゆっくりと崩れ落ちた。
ヨーコの叫び声が響く。
「ジョン! ジョーン!」
僕は駆け寄ろうとした。
だが、足が動かない。
いや――
僕の身体が、そこに存在していなかった。
手を伸ばしても、
指先は空気をすり抜ける。
「な……ぜ……?」
ヨーコは泣き叫びながらジョンにすがりついている。
だが、彼女の目には僕の姿は映っていない。
僕は、
“そこにいない者”になっていた。
世界が静かに崩れていく。
音が遠ざかり、
光が薄れ、
景色が白く溶けていく。
その中で、
未来からの使者の声が聞こえた。
「歴史は変えられなかった。
だが、ジョンはキミに感謝していた」
「僕は……何もできなかった……!」
「いいや。
キミは“抗おうとした”。
それが、ジョンにとっての救いだった」
「ヨーコは……僕を……?」
「彼女の記憶から、
キミは消えた。
歴史が修正したのだ」
胸が締めつけられた。
「ならば……僕は……何者なんだ……?」
使者は静かに言った。
「キミは、ジョンを背負って生きる者。
これからの人生で、
彼の足跡を丁寧に辿るだろう。
軽井沢でも、
万平ホテルでも、
見晴台でも、
離山房でも、
樹の花でも。
そのたびに、
ジョンはキミのそばにいる」
白い光が視界を満たす。
「そして囁くだろう。
――その道、そのままで良い、と」
世界が完全に白く染まり、
僕は意識を失った。
第6章 消えた男
目を開けると、天井が見えた。
見慣れた自分の部屋の天井だった。
息を吸う。
空気は冷たく、現実の匂いがした。
――戻ってきた。
そう思った瞬間、胸の奥に重い痛みが広がった。
ダコタハウスの夜。
銃声。
ヨーコの叫び。
ジョンの倒れる姿。
すべてが鮮明に残っている。
夢ではない。
確かに“そこにいた”。
だが――
僕は、そこには存在していなかった。
布団から起き上がると、足元に何かが散らばっていた。
拾い上げると、それは数日前に押し入れから引っ張り出した
武道館公演の資料と、あの“はっぴ”だった。
白地に赤い文字。
ビートルズ来日公演の記念はっぴ。
僕はそれを手に取り、しばらく見つめた。
――僕は、あのステージに立っていた。
確かに、立っていた。
五人目のビートルズとして。
ジョンの隣で。
ポールと笑い合いながら。
観客の歓声を浴びながら。
だが、その記録はどこにも残っていない。
資料をめくる。
写真は四人。
映像も四人。
歴史も四人。
僕の姿は、どこにもない。
胸が締めつけられた。
「……消えたのか、僕は」
歴史が修正した。
未来からの使者が言った通りだ。
僕は“いなかったこと”になっている。
その日から、僕は軽井沢へ向かった。
理由は分からない。
ただ、行かなければならない気がした。
万平ホテル。
見晴台。
離山房。
樹の花。
ジョンが愛した場所。
彼が歩いた道。
彼が息を吸い、音楽を紡いだ空気。
そのひとつひとつを辿るたび、
胸の奥に微かな温もりが生まれた。
見晴台に立つと、
あの日と同じ風が吹いた。
そして――
耳元で、あの声がした。
――その道、そのままで良い。
振り返る。
誰もいない。
だが、確かに“そこにいる”気配があった。
ジョンは、僕のそばにいた。
夜、ホテルの部屋でひとりになると、
胸の奥に静かな痛みが広がった。
僕は歴史から消えた。
誰の記憶にも残っていない。
ヨーコの記憶にも。
メンバーの記憶にも。
だが――
ジョンだけは、僕を覚えていた。
「ありがとう」と言ってくれた。
最後の瞬間に。
その言葉だけが、
僕の存在を証明していた。
そして、気づいた。
僕はこれから、
ジョンの足跡を辿り続けるだろう。
軽井沢でも。
ニューヨークでも。
ロンドンでも。
そのたびに、
ジョンは僕のそばにいて、
静かに囁くだろう。
――その道、そのままで良い。
それが、
“消えた男”に残された、
唯一の救いだった。
最終章 夢か、記憶か
朝の光がカーテン越しに差し込み、
部屋の空気を淡く照らしていた。
僕はゆっくりと身体を起こし、
深く息を吸った。
胸の奥に、まだ微かな痛みが残っている。
ダコタハウスの夜の記憶。
銃声。
ヨーコの叫び。
ジョンの微笑み。
すべてが、あまりにも鮮明だった。
だが同時に、
それらは“夢”と呼ぶにはあまりに現実的で、
“現実”と呼ぶにはあまりに儚かった。
枕元には、
武道館のはっぴと資料が散乱している。
まるで、
夢の中で僕が辿った時間が、
現実に滲み出してきたようだった。
僕ははっぴを手に取り、
指先で布の感触を確かめた。
――僕は、あのステージに立っていたのか?
記憶はある。
確かにある。
だが、証拠はどこにもない。
歴史は四人のビートルズを記録している。
僕の姿は、どこにもない。
それでも、
胸の奥に残る“温もり”だけは消えなかった。
その日、僕は再び軽井沢へ向かった。
理由は分からない。
ただ、行かなければならない気がした。
万平ホテルのロビーに立つと、
あの日と同じ光が差し込んでいた。
見晴台に向かう道を歩くと、
風が頬を撫で、
木々が揺れ、
鳥の声が響いた。
すべてが、
あの日と同じだった。
見晴台に立つと、
浅間山の稜線が朝日に染まり、
空気は澄んでいた。
僕は目を閉じた。
その瞬間――
耳元で、あの声がした。
――その道、そのままで良い。
僕はゆっくりと目を開けた。
振り返る。
誰もいない。
だが、
確かに“そこにいる”気配があった。
ジョンは、僕のそばにいた。
夢だったのか。
記憶だったのか。
それとも、
歴史の隙間に入り込んだ、
ほんの一瞬の“別の時間”だったのか。
答えは出ない。
出るはずもない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
僕はこれからも、
ジョンの足跡を辿り続けるだろう。
軽井沢でも。
ニューヨークでも。
ロンドンでも。
そのたびに、
ジョンは僕のそばにいて、
静かに囁くだろう。
――その道、そのままで良い。
それが、
僕に残された唯一の“真実”だった。
夜、部屋に戻ると、
窓の外に星が瞬いていた。
僕は静かに目を閉じた。
夢は、
また訪れるだろう。
そして、
その夢の中で僕は、
何度でもジョンに会うのだろう。
夢か、記憶か。
その境界は、もうどうでもよかった。
ただひとつ、
胸の奥に確かに残っているものがあった。
――ありがとう。
あの夜、ジョンが最後に言った言葉。
それだけが、
僕の存在を証明していた。
そして僕は、
その言葉を抱きしめながら、
静かに目を閉じた。
〜あとがき〜
1979年の夏
やっとこさ潜り込めた底辺の大学で
サークルの仲間たちと
恋の駆け引きの中
訪れた軽井沢の旧軽銀座で
偶然 出会えたジョン家族たち
ショーンを乗せた自転車を
押して歩いて来た
ジョンとヨーコ
それを取り巻く多くのファンたち
遠くから
思わず
ジョン! と声を掛けると
振り返って
微笑んでくれた
そう
ただそれだけの出会い
本当にいたんだ! と
微笑んだことを昨日のことのように思い出す
翌年の夏
また会えないかと
出掛けてみたけれど
会えなかった
そして
その年の冬
もう会えない人となってしまった
それから
時折 軽井沢を訪れるたびに
ジョンの足跡を追い掛ける
それももう
45年にもなるが
その場所場所には
今もまだ
必ず そんなファンたちが佇んでいる
僕のように…
この物語を書きながら、
私は何度もあの頃の風景を思い出しました。
万平ホテルの静けさ、見晴台の冷たい空気、
離山房の木々の匂い、樹の花の柔らかな光。
そこには確かに“ジョンの気配”があり、
彼が歩いた道を辿るたびに、
耳元で「その道、そのままで良い」と囁かれているような気がしました。
歴史は変えられない。
しかし、歴史に触れた人の心は変わる。
その変化こそが、未来へと続く“新しい道”をつくるのだと思います。
あなたがこの物語を読み終えた今、
もし心のどこかに小さな余韻が残っているのなら、
それはきっと、ジョンがあなたのそばに立っている証です。
どうか、あなたの道を、そのまま歩いてください。
その道は、きっと間違っていません。
そしていつか、
軽井沢のどこかで、
あなたの肩越しにジョンが微笑む瞬間が訪れますように。


