もう少し手直ししての Kindle 予定


人生はLPレコード
〜A面からB面へ〜

ー序詩ー
レコード盤に針を落とし
緩やかに曲が始まると
いくつかの節目を跨ぎ
中央へと向かえば
その回転は急ぎ足となる
それはまるで
僕らの人生のようで
それでも A面が終われば
自動的に針は戻り
さてと思えば
頑張ったわね
では ご褒美よ!と
女神さまが現れて
もしや B面の時間も
授けてくれるかもなんて…



序、「針を落とす」
十一月の午後というのは、光がやけに斜めになる。
窓から差し込む陽は、壁に貼った古いコンサートのポスターをかすめ、埃をかぶったレコードラックの前で止まった。僕はしばらく、その光の帯を眺めていた。何をするでもなく、ただ眺めていた。
還暦を過ぎてから、こういう時間が増えた。
急ぐ必要がない、という感覚。いや、正確には、急いでいたはずなのにいつのまにかその理由を忘れてしまった、という感覚に近い。仕事は続けている。子どもたちはそれぞれの場所に根を張った。妻とふたりの食卓は、以前より言葉が少なく、しかし不思議と居心地が悪くない。
僕はそっと立ち上がり、レコードラックに近づいた。
三十年ぶりに、ちゃんと向き合う気がした。
棚の最上段、埃をかぶったまま並んでいるLP盤たち。指でなぞると、黒い粉が指紋に沿って残った。
一枚ずつ、タイトルを確認する。学生時代に買ったもの。誰かにもらったもの。レコード屋の閉店セールで衝動買いしたもの。それぞれに、顔がある。買った日の空気がある。
一枚を選んだ。
古いジャズのアルバムだった。ビル・エヴァンスの、静かなピアノ。これを最後に聴いたのはいつだっただろうか。
レコードプレーヤーは、長い間動かしていなかった。針を交換したのも、もう十年以上前だ。おそるおそる電源を入れると、プラッターがゆっくりと回り始めた。まだ生きていた。
盤をのせる。針をそっと、最初の溝の手前に落とす。
しゅっ、という小さなノイズの後、音楽が始まった。
その瞬間、何かが胸の奥で動いた。
音楽そのものというより、その音の質感だ。デジタルの音楽にはない、わずかなゆらぎ。ぬくもりと呼んでもいいし、不完全さと呼んでもいい。人の手が触れた痕跡が、音のなかに残っている。
僕はソファに腰を下ろし、目を閉じた。
レコードは、外側から内側へと針が進む。最初はゆっくり、中心に近づくにつれて、盤の回転に対して針の速度が上がっていく。同じ回転数なのに、内側の溝は外側の溝より短いから、同じ時間でより多くを通り過ぎなければならない。
物理の話だ。
でも、人生に重ねてみると、なぜか苦しくなる。
二十代は、あんなに一日が長かった。
三十代、四十代と進むうち、一年が短くなっていった。五十代になると、季節が追いかけてくる感じがした。振り返るたびに、もう年が明けている。
それは、人生という盤の中心に、針が近づいているということなのかもしれない。
目を開けると、部屋はすこし暗くなっていた。
ビル・エヴァンスのピアノは、まだ静かに鳴り続けていた。
A面が終われば、針は自動的に戻る。
そして、B面がある。
僕の人生は、今、A面の終わりにいるのか、それともB面が始まったところなのか。
そんなことを考えながら、僕はしばらく、音楽の中にいた。

A面 〜 加速する時間 〜

一、「最初の一溝」
僕が初めてレコードの音を聞いたのは、四歳か五歳のころだったと思う。
父の書斎の隅に、古びたプレーヤーがあった。週末になると父はそこで、煙草を一本くわえながら、静かに音楽を聴いていた。子どもには近づくなと言われていたその部屋に、ある日こっそり忍び込んだ。
盤が回っていた。
黒くて丸いそれが、一定のリズムで回転し続けている。その上に、細い針がそっと乗っている。触ったら壊れそうで、それでも触りたくて、僕はしゃがんで息を殺した。
音楽は、流れていた。
何の曲かはわからなかった。ただ、その音が部屋の空気を変えていることはわかった。いつもと同じ書斎なのに、音楽があるだけで、そこは少し別の場所になっていた。
父に見つかった。
怒られると思ったが、父は黙って僕の隣にしゃがんだ。そして、低い声で言った。
「針が、溝をなぞっているんだ。この小さな溝の中に、音楽が全部入っている」
僕は目を丸くして、盤の表面を見た。たしかに、光に透かすと、無数の細い線が渦を巻いているのがわかった。
「全部?」
「全部だ。この一枚の中に、演奏した人たちの声も、息づかいも、全部入っている」
その言葉は、長い間、僕の中に残った。
人の声が、物質の中に刻まれる。そしてまた、取り出せる。
子ども心に、それは魔法に思えた。
父はそれからも毎週末、書斎で音楽を聴いていた。僕は少しずつ、その部屋に入ることを許されるようになった。ソファの端に座って、父の煙草の煙が天井に向かってゆっくり広がるのを見ながら、音楽を聴いた。曲の名前を教えてもらった。演奏者の名前を教えてもらった。
父はいつも、「聴くときは目を閉じろ」と言った。
「目を閉じると、音が全部、耳から入ってくる。脳がほかのことを考えなくなる」
僕にとって、音楽を聴くとはそういうことだった。目を閉じて、音の中に入り込むこと。
小学校に上がると、友人たちはポップスを聴き始めた。テレビから流れてくる歌謡曲。アイドルの曲。僕もそれが嫌いではなかったが、父の書斎で聴く音楽とは、別の種類のものだという気がしていた。
どちらがいいということではない。
ただ、父の書斎の音楽は、もっと深いところに届く気がした。
中学に入ったとき、父が一枚のLPをくれた。
ビル・エヴァンスのアルバムだった。今夜、ソファで聴いていた、あれだ。
「お前はいつか、これがわかる人間になると思う」
父はそれだけ言って、また煙草に火をつけた。
当時の僕にはまだ難しかった。静かすぎて、眠くなった。でも、捨てなかった。大学に持っていき、社会人になってからも、引越しのたびにダンボールに入れて持ち運んだ。
父は、僕が三十五歳のとき、逝った。
その夜、僕はあのアルバムを出して、初めてちゃんと聴いた。
目を閉じると、父の書斎の煙草の匂いがした気がした。

ニ、「メロディーを覚える頃」
高校生になると、僕は自分のレコードを買い始めた。
小遣いをやりくりして、月に一、二枚。近所の中古レコード屋に通った。店の名前は「ヴィニール」といった。狭くて薄暗くて、主人は無口だった。
その店で、僕は音楽の世界が途方もなく広いことを知った。
ジャズ、ロック、フォーク、クラシック、ソウル。どれも手に取れば、知らない世界への扉だった。聴いたことのないアーティスト名、知らない国のことば、見たこともないジャケットの絵。一枚のレコードが、どこか遠い場所へ連れていってくれた。
十七歳の春、同じクラスの女子と好きな音楽の話をした。
彼女はユーミンが好きだと言った。
僕はジャズが好きだと言った。
「渋いね」と彼女は笑った。
その笑い方が好きで、僕はその日から彼女のことが気になり始めた。
名前は、明日香といった。
髪が短くて、いつも少し眠そうな目をしていた。授業中は窓の外ばかり見ていたが、音楽の話になると目が覚めたように生き生きとした。
「ユーミンのレコード、持ってる?」
「持ってない」
「貸してあげようか」
こうして、僕は初めてユーミンのレコードを聴いた。
最初は正直、ピンとこなかった。でも繰り返し聴くうちに、その歌詞の鮮やかさに気づいた。情景が、音楽とともに浮かぶ。あの頃の若者の心が、あの頃の空気ごと、溝に刻まれている。
明日香とは、卒業まで付き合った。
大学は別々になり、自然に会う機会が減り、気づけば連絡が途絶えた。今どこで何をしているかは知らない。
ただ、ユーミンの曲を聴くたびに、十七歳の春が戻ってくる。
それで十分だという気もする。
大学に入ると、友人たちはCDを買い始めていた。
音が格段によくなった、と彼らは言った。ノイズがない、と。
僕は半信半疑だった。ノイズがなくなって、何かが失われないか。あのしゅっという針の音、盤面の小さなキズが作るプツプツという音、それらは音楽の一部ではないのか。
でも、CDは便利だった。
ウォークマンに入れて持ち歩けた。電車の中でも聴けた。それはたしかに、新しい自由だった。
僕は徐々に、レコードからCDへと移行していった。
「ヴィニール」の主人は、「時代だな」と言った。その言葉には、あきらめともとれるし、静かな誇りともとれる、不思議な響きがあった。

三、「サビへと向かう」
二十七歳で結婚した。
相手は、職場の同期だった陽子だ。
出会いはどこにでもある話で、入社して三年目の忘年会、隣に座ったのがきっかけだった。彼女は仕事の愚痴を言わなかった。「どうしてもうまくいかないことってあるじゃないですか」と、困ったように笑う人だった。その笑い方が、なぜかとても誠実に見えた。
結婚式の日、僕は緊張していた。
だが披露宴でかかったバックグラウンドミュージックが、ビル・エヴァンスだったとき、すこし力が抜けた。陽子が選んでいた。「あなたが好きなものを流したかった」と、後で言った。
そのとき思った。この人と生きていける、と。
翌年、長男の健太が生まれた。
三年後、長女の葵が生まれた。
子育てというのは、渦だ。入ったら出られない。出ようと思ったことも、特になかった。ただ毎日が速く、気づけば夜になり、週末になり、また月曜だった。
仕事も、加速していた。
三十代の半ばで課長になった。部下が増えた。会議が増えた。出張が増えた。成果を求められ、数字を追い、人を育て、上を説得し、下を守る。それを同時にこなしながら、家では父親でもあらねばならなかった。
レコードプレーヤーは、いつからか動かなくなっていた。
引越しのとき、段ボールに入れたまま、物置の奥に押し込んだ。LPも一緒に。
「音楽聴かないの?」と陽子に言われたことがある。
「聴いてるよ」と答えた。
「CDも最近かけてないじゃない」
そう言われて初めて気づいた。車の中でラジオを流すことはあったが、ちゃんと音楽と向き合う時間を、いつのまにか持たなくなっていた。
針は、中央へと近づいていた。
回転は、急ぎ足になっていた。
でも当時の僕には、そのことに気づく余裕すらなかった。
四十歳の誕生日、健太が「お父さんってどんな音楽好きなの?」と聞いた。
「ジャズ」と答えた。
「ジャズってなに?」
答えようとして、うまく言葉が出なかった。
「一緒に聴こう」と言えばよかった。だが、その日も仕事の電話が来て、僕は席を立った。
健太はそれきり、ジャズについて聞いてこなかった。

四、「針は中央へ」
五十代に入ったとき、父が死んだときのことを、また思い出した。
三十五歳の夜、あのビル・エヴァンスのアルバムをかけながら、泣いた夜のことを。
人の死というのは、自分の残り時間を教える。
父が逝ったとき、僕はまだどこか遠い話だと思っていた。自分が五十を過ぎたとき、初めてその重さが変わった。父が死んだとき父は六十二歳だった。僕はもうすぐそこまで来ている。
五十三歳の秋、健康診断で引っかかった。
精密検査の結果、大事には至らなかった。だが、待合室で結果を待つ一時間は、妙に長かった。
窓の外の木が、風に揺れていた。
あの木は、来年もあそこにあるだろう。僕は?
そんな問いが、頭をよぎった。
それまで「健康」というのは、特に意識しないものだった。空気のようなものだ。あって当たり前で、なくなって初めてわかる。
検査から帰った夜、陽子に「長生きしてね」と言われた。
その一言が、思いのほか、胸に刺さった。
同じ年の冬、部下のひとりが突然辞めた。
三十代の男で、仕事のできる人間だった。引き留めようとしたが、「やりたいことがある」と言って、聞かなかった。
「何をするんだ?」と聞いたら、「レコード屋を開きます」と言った。
意表を突かれた。
「レコード? 今どき?」
「今どきだから、いいんです」
その答えを、僕はしばらく考え続けた。
今どきだから、いい。デジタルが当たり前になった時代に、あえてアナログを選ぶ。そこに何かがある。彼にはそれが見えていて、僕には見えていなかった。
五十五歳で、部長になった。
おめでとうと言われた。うれしかったが、その夜、ひとりで飲みながら、なぜか空虚だった。
これが、僕が望んでいたものだったのか。
答えは出なかった。
五十八歳の春、母が逝った。
父とはちがい、長い闘病だった。最後の数年、施設に入った母を、月に一度は訪ねた。母はだんだん僕の名前を呼ばなくなったが、歌は覚えていた。
童謡を口ずさむと、母も一緒に歌った。
音楽は、言葉より深いところに刻まれる。
父がそう言っていたわけではないが、そのとき初めてその意味がわかった気がした。
母を送り出した夜、物置を開けた。
段ボールの中に、レコードプレーヤーがあった。
ほこりをかぶっていたが、捨てていなかった。
僕はそれをそっと取り出して、また段ボールに戻した。
まだ、その時ではない気がした。

五、 「A面の最後の溝」
還暦の誕生日は、家族で食事をした。
健太と葵と、それぞれのパートナーと、孫がひとり。陽子が予約した和食の店で、個室に七人が集まった。
ケーキのろうそくを吹き消すとき、何を願えばいいかわからなかった。
健康。それは確かに願う。でも、それだけではない何かを探して、ろうそくの前で少し間が空いた。
「お父さん、早く吹いて」と葵が笑った。
僕は笑って、吹いた。
その夜、帰宅して陽子とふたりになったとき、彼女が言った。
「六十年、生きてきたんだね」
「そうだな」
「どう?」
「どう、って?」
「六十年、生きてみて」
考えた。
速かった。それが正直な感想だった。あっという間だったと言うと陳腐だが、本当にそうとしか言いようがない。
「速かった」と言ったら、陽子は「私も」と言った。
しばらく黙っていた。
テレビもつけず、音楽もなく、ただ夜の静けさの中に、ふたりでいた。
そのとき初めて、物置のレコードプレーヤーのことを思った。
今夜、出してみようか。
いや、今夜はやめよう。
でも、もうすぐ。
六十一歳になり、定年まで一年を切った。
後任の選定が始まり、引き継ぎの準備が始まり、自分の仕事の輪郭が、少しずつ薄くなっていく感覚があった。
それが寂しいのか、清々しいのか、自分でもよくわからなかった。
六十二歳の春、会社を辞めた。
最終日、部下たちが小さな花束をくれた。スピーチを求められ、短く挨拶した。
駐車場で車に乗り込んだとき、なぜか、父の書斎が浮かんだ。
煙草の煙。回るレコード盤。細い針。
父は定年後、書斎でどんな音楽を聴いていたのだろう。聞いておけばよかった。
帰り道、ラジオを消した。
エンジン音だけの車内で、僕はゆっくり走った。
急ぐ必要がなかった。
もう、急ぐ必要がなかった。
幕間 「針が戻る」
A面が終われば
自動的に針は戻り
さてと思えば
頑張ったわね では
ご褒美よ! と
女神さまが現れて
もしや B面の時間も
授けてくれるかもなんて…
その夜、僕はついにレコードプレーヤーを物置から出した。
段ボールを開け、丁寧に梱包材を外し、ラックの上に置いた。電源ケーブルを差し込み、スイッチを入れる。プラッターがゆっくりと回り始めた。
まだ生きていた。
LPの入った段ボールも運び出し、ソファの前に広げた。何十枚もある。一枚一枚、ジャケットを見ながら、記憶を確かめた。
あの日の、あの店の、あの季節の。
ビル・エヴァンスのアルバムを選んだ。
盤をのせ、針を落とした。
しゅっ、という音の後、ピアノが始まった。
陽子が隣に来て、黙って座った。
ふたりで、音楽を聴いた。
何も言わなかった。
何も言わなくてよかった。
A面が終わると、針が自動で戻った。
アームがゆっくりと持ち上がり、元の位置に収まる。プラッターだけが、静かに回り続ける。
さて。
B面を、かけようか。
それとも今夜はここまでにして、明日また続きを聴こうか。
どちらでもよかった。
時間は、ある。
急がなくていい。
僕はそっと、B面に盤をひっくり返した。


B面 〜 スローバラードを選ぶ 〜

六、「B面、一曲目」
退職してはじめての月曜日、目が覚めたのは七時だった。
いつもと同じ時間だ。身体が、まだ覚えている。
でも起き上がる理由が、いつもとちがった。急いで用意しなくていい。電車に乗らなくていい。会議もない。
不思議な朝だった。
空白、と言えばそうだが、空虚ではなかった。むしろ、白いキャンバスのようなものを渡された感じがした。何を描いてもいい。あるいは、何も描かなくてもいい。
コーヒーを淹れた。
いつもより丁寧に、豆を挽くところから始めた。ドリッパーにお湯をゆっくり注ぎながら、湯気の形を眺めた。以前は、こんな時間は贅沢に思えた。今は、これが朝の形だ。
窓の外を、鳥が横切った。
名前は知らない鳥だ。でも確かに、そこにいた。
陽子はパートの仕事を続けていた。午前中に出かけ、昼過ぎに帰ってくる。僕はその間、ひとりで家にいた。
最初の一週間は、何をすればいいかわからなかった。
テレビをつけては消した。本を開いては閉じた。
ある日の午前中、気づいたらレコードの前に立っていた。
そうか。これがある。
一枚選んで、針を落とす。
音楽が始まる。
ソファに座り、目を閉じる。
父に教わった聴き方だ。
三十年以上ぶりに、それをやっていた。
音楽は、変わっていなかった。
僕が変わっていた。
同じ曲が、以前とは別の場所に届いた。若い頃には聞こえなかった音が、今は聞こえる気がした。演奏者の息づかい、一音ごとの間、次の音への予感。
これが、B面の一曲目か。
スローバラードから、お願いしたい。
そう思った通りの、静かな始まりだった。

七、 「テンポを抑える」
急がないことを、意識的に選ぶのは、思いのほか難しい。
長年の習慣とは恐ろしいもので、身体が自動的に次のタスクを探す。食器を洗ったら、次は何か。買い物から戻ったら、次は何か。何もしていない自分を、責める声がどこかから聞こえる。
それに気づいたのは、退職して一ヵ月ほどたったころだった。
庭の草むしりをしていて、ふと手が止まった。
空が、青かった。
ただそれだけのことなのに、しばらくその空を見上げていた。仕事をしていた頃には、空を見上げる習慣がなかった。いつも地面か、画面か、人の顔を見ていた。
空には、雲が流れていた。
その雲は、西から東へ、ゆっくりと動いていた。
急いでいない雲だった。
そうか。急がなくていいのか。
言葉にすると当たり前のことだが、身体がそれを受け入れるには時間がかかった。
散歩を始めた。毎朝、決まったルートではなく、気の向いた方へ歩く。分かれ道では、行ったことのない方を選ぶ。時間を気にしない。目的地を決めない。
近所に、知らない路地があった。
知らない店があった。
知らない猫がいた。
三十年以上この街に住んでいたのに、見えていなかったものが、たくさんあった。
ある朝の散歩で、小さな古本屋を見つけた。
入ってみると、主人は六十代後半とおぼしき男性で、奥でお茶を飲んでいた。
「いらっしゃい」と言って、それ以上は何も言わなかった。
それが、居心地よかった。
文庫本を一冊買った。知らない作家の小説だった。
家に帰り、レコードをかけながら読んだ。
午後がゆっくり過ぎた。
それが、なぜか、とても豊かな気がした。

八、「子どもたちの知らない音」
健太が孫を連れて遊びに来た日のことだ。
孫の名前は湊、四歳になったばかりだ。
リビングに入るなり、湊はレコードプレーヤーに目を止めた。
「じいじ、あれなに?」
「レコードプレーヤーだよ」
「れこーど?」
健太が苦笑いした。「こういうの、見たことないよな」
「CDも知らないんじゃないかな」と僕は言った。「生まれたときからスマホがある世代だから」
「そうだね。俺もCDは一応知ってるけど、買ったことはほとんどないし」
湊は、プレーヤーの前にしゃがんで、じっと見ていた。
黒い盤が、ゆっくり回っている。その上を、針が静かにたどっている。
ピアノの音が、部屋に流れている。
「おと、でてる」と湊が言った。
「そうだよ。あの盤の中に、音楽が入ってるんだ」
「はいってる?」
「細い溝に、全部刻まれてる。針がなぞると、音になる」
湊は目を丸くした。
その表情を見て、胸が締め付けられた。
五十年以上前、父の書斎で、僕が同じ顔をしていたに違いない。
「じいじが小さいころ、ひいじいじに教えてもらったんだ」
「ひいじいじ?」
「うん。もう会えないけど、この音楽を教えてくれた人だよ」
湊はしばらく、音楽を聴いていた。
四歳の子が、静かにジャズを聴いている。
その光景が、妙に美しかった。
健太が隣に来て、小さな声で言った。「俺、ちゃんとお父さんの好きな音楽、聞いたことなかったな」
「これからでも遅くないよ」
「一枚、もらっていい?」
意外だった。でも、うれしかった。
僕はLPの棚から、一枚選んで渡した。
「針がないと聴けないけど」と言ったら、「プレーヤー、買ってみる」と健太は言った。
音楽は、こうして渡っていく。
溝から溝へ、世代から世代へ。

九、 「レコードへ戻る若者」
散歩の途中で見つけた古本屋の主人と、少しずつ話すようになった。
名前は田中さん、六十八歳。もとは出版社の編集者だったが、五十代で辞めてこの店を始めたという。
「音楽はお好きですか」と聞いたら、「ええ、ジャズを少し」と言った。
それだけで、話が長くなった。
田中さんの店の近くに、最近レコード屋が開いたという。
「若い人がやってるんですよ。昔のLPを仕入れて、ちゃんと手入れして売ってる。流行ってるみたいで」
行ってみた。
小さな店だった。白い壁に、木の棚。センスのいい照明。ジャケットが、絵のように飾られている。
客が三人いた。二十代と思しき若者が、熱心にLPを一枚一枚見ていた。
店主は、三十二、三歳の男性だった。
「いらっしゃいませ」と言って、あとは押しつけがましくしなかった。
僕はゆっくりと棚を見た。ジャズの棚があった。ロックの棚があった。日本のポップスの棚もあった。
一枚、見覚えのあるジャケットがあった。
「ヴィニール」で、高校生のとき買った盤と同じものだ。
手に取ると、状態がよかった。
値段を見ると、当時の何倍もしていた。でも、買った。
帰り際、店主に聞いた。「若いお客さんが多いですね」
「増えましたね。ここ数年で」
「どうしてだと思います?」
彼はすこし考えてから言った。「便利になりすぎたからじゃないですかね。何でも一瞬で手に入る時代に、時間をかけないと聴けないものが、逆に新鮮なのかもしれない」
時間をかけないと、聴けない。
針を落として、A面を聴いて、ひっくり返して、B面を聴く。その手間が、今の若者には新鮮に映る。
僕らにとっての「当たり前」が、彼らには「贅沢」になっている。
面白いな、と思った。
失われたと思っていたものが、別の形で戻ってきている。
時代は螺旋を描く。そういうことかもしれない。

十、 「さて、何から始めようか」
十一月の午後、僕はソファに座ってビル・エヴァンスを聴いていた。
これは、序章の夜ではない。その三ヵ月後の、別の午後だ。
だが光の傾き方は、あの夜とよく似ていた。
この三ヵ月、いくつかのことが変わった。
変わったというより、戻ってきた、という感じに近い。
朝、コーヒーを丁寧に淹れる。散歩に出る。田中さんの古本屋に寄る。帰ってきて、レコードをかける。本を読む。陽子の帰りを待つ。一緒に夕食を作る。
何も大きなことはない。
でも、一日が充実している気がする。
先週、健太からメッセージが来た。「レコードプレーヤー、買ったよ。湊がまた聴きたいって言うから」
添付の写真に、湊がプレーヤーの前にしゃがんでいた。
あの表情だった。
葵からは、「今度レコード聴かせて」と連絡が来た。「友達の間でアナログが流行ってて」
子どもたちの世代が、また戻ってきている。
さて。
何から始めようか。
この問いは、答えが出ないまま、ずっと僕の中にある。
そして今は、答えが出なくてもいいと思っている。
始めたいことが、いくつかある。
音楽の話を書いてみたい。父から教わったこと、「ヴィニール」で覚えたこと、一枚一枚のレコードに刻まれた記憶。それを、誰かに残したい。
田中さんと、もっと話したい。編集者だった彼が見てきた本と言葉の世界を、聞いてみたい。
湊と、もっと音楽を聴きたい。いつか、父がそうしてくれたように、湊にレコードを一枚渡す日が来るかもしれない。
スローバラードを選びたい、と思っていた。
でも気づいたことがある。
スローバラードというのは、ゆっくりした曲のことじゃない。
どんなテンポでも、丁寧に聴くことだ。一音一音を、聞き逃さないことだ。
人生も、そういうものかもしれない。
B面の一曲目は、もう始まっている。
どこで始まったかさえ、はっきりしない。
ただ、確かに流れている。
プラッターが回り続けている。
針が、溝をたどっいる。
音楽は、部屋に満ている。
これが、今の僕の場所だ。

終、「盤が回り続ける間」
レコードには、終わりの溝がある。
音楽が終わった後、針は無音の溝をたどり続ける。盤は回り、針は動く。でも、もう音は出ない。
それを、ロックグルーブという。
父は、そこまで教えてくれなかった。
あるいは教えてくれたのかもしれないが、僕が覚えていないだけかもしれない。
人生も、きっとそういうものだ。
音楽が終わっても、盤はしばらく回り続ける。
そして誰かが、針を上げる。
僕のB面は、まだ始まったばかりだ。
何曲入っているかは知らない。
テンポがどう変わるかも知らない。
でも今日も、針を落とす。
音楽が始まる。
それだけで、十分だという気がする。
陽子が隣に来て、座った。
何も言わなかった。
ふたりで、音楽を聴いた。
窓の外、夕暮れが来ていた。
光が傾き、部屋がすこし暗くなった。
でも、電気はつけなかった。
このまま、音楽の中にいたかった。
レコードが、回り続けている。

── 了 ──



ーおまけー

人生はLPレコード


レコード盤に針を落とし

緩やかに曲が始まると


いくつかの節目を跨ぎ

中央へと向かえば

その回転は急ぎ足となる


それはまるで

僕らの人生のようで

僕もそろそろ

中央が近づいて

急ぐ時間と戦っている


それでも

そんな

A面が終われば

自動的に針は戻り


さてと思えば

頑張ったわね

では

ご褒美よ! って

女神さまが現れて


もしや

B面の時間も

授けてくれるかもなんて…


還暦を越し

今がまさに

その時かもで


すれば

その1曲目は

スローバラードから

お願いしたい


いや

仕方なくも

徐々にテンポが上がるのならば


すべてを

スローバラードとして

その速度を抑えてみたい


さて

何から始めようか…


我が子たちは

そのレコードすら知らず

CDが入口となったけれど

それもまた

ダウンロードにもなって

その姿すら消えてしまい


昨今

便利さと引き換えた時代を

遡る僕ら世代と

一部の若者たちは

またレコードへと

戻りつつあるそうだ けれど…



ーあとがきー
この物語は、一篇の詩から生まれた。
針が中央に向かうほど速くなる――
ただの物理現象が、なぜこれほど人生に似ているのか。
書きながら、ひとつ気づいたことがある。
人生は、速くなるものではなく、
速く感じるものなのだと。
だからこそ、B面では――
ゆっくり生きるのではなく、
丁寧に生きたいと思う。
あなたのレコードは、今どこにあるだろうか。
A面の途中か。
それとも、B面の一曲目か。
いずれにしても――
針は、まだ落とせる。
さて。
何から、聴こうか…