今朝 載せた

長い物語は読めましたか?


途中で

面倒になりませんでしたか?


きっと

面倒になったでしょう


ならば

これならば…     笑



来週 Kindle  予定


不完全の美学

ーまえがきー
世の中に、完全なものなんてひとつもない。
そんなことは、とうの昔に知っていたはずだった。
けれど、若い頃の僕らは、その「不完全さ」を埋めるために必死に背伸びをし、少しでも早く、少しでも深く、世の中というシステムの正体を暴こうと躍起になっていた。
薬局のレジで震えた指先。
偽物の煙にむせた放課後。
誰にも言えない秘密を共有した、仲間たちの笑い声。
今振り返れば、それはあまりに滑稽で、あまりにおバカな季節だったかもしれない。
しかし、あの「不完全」だった時間の中にこそ、僕らが手にした唯一無二の自由があったのではないか。
この本を手に取ったあなたが、もし今、完璧な大人を演じることに少しだけ疲れているのだとしたら。
どうか、封印したはずの「あの頃」を、少しだけ覗き見てほしい。

ー序章ー
ガキの頃の僕らは
やはり
その 不完全で
いやいや
それは今ですら
不完全なままではあるけれども
 
その不完全さは
あの頃よりは
少しばかし
ほんのすこしばかし
完全な方向へと
向かった けれども…
 
思えば
世の中に完全なるものは
何1つないはずで
時折
"パ~フェクト" って叫びながらも
そこには
必ずや 隙間があって
 
でも
その不完全な中で
自由を楽しみ
わがままを笑い
気ままで
おバカな季節を生きたならば
やはり
その不完全さは
間違いじゃあ~なかったはずで
 
物心がついたのは
やはり
それも
僕らには遅かったけれども
右も左も わからないほど
グレちゃ~いなかったわけで
 
でも
少しばかし斜に構え出したガキどもは
世の中の あれこれを
世の中の システムとやらを
誰よりも
1早く
知りたかったわけで
体験したかったわけで…
 
使いもしないのに
いつ
使うのかすらわからんとゆ~のに
オドオドしながら
薬局で手に入れたコンド~くん
それを
仲間たちで分けて
財布へと忍ばせたもんにゃ~
その財布には
すっかりその跡がついて
いざ
そんな場面が訪れた日には
そのコンド~くん
すっかり
カッサカサになってて…
 
早いうちから
タバコを覚えて
学ランの内ポケットじゃあ~ バレバレだからと
ボンタンに隠れた靴下の
それも内側にかくした ショッポの箱
 
そのうち
誰かが
大麻草に似たやつを河原で見つけて来て
紙に巻いて試したけれど
けむいだけで…
 
それじゃあ~って
これまた
どこからか
誰かが聞いてきた バナナの皮を乾かして粉にして
パイプで吸って
でもこれもまた おバカ…
 
仲間の家での飲み会には
酒とつまみとを調達に
バイトで仲間がレジ打つス~パ~へと押し掛け
カゴ一杯 1000円でと頼み
 
ダルマに
ジョニ赤に
カティ~サ~クに と山盛り詰め込み
1000円で
300円のおつりまでもらって…
 
恥ずかしさで
エロ本が買えず
隣町の自販機まで
皆で 夜中に出掛け
あれ? って
別の仲間に遭遇なぞして…
 
河原に落ちてたエロ本は
まさに ビニ本 ってやつで
大事な部分がにっくき黒塗りのやつ
そいつを落としてやろ~と
ない頭を使い
あれこれ努力はしてみたものの
結局
下のエロ画像まで消えてなくなって…
 
時を隔て
そんな連中が

家庭を持って
パパなんて呼ばれて
タバコなんてと~に止めて
酒だって
控えめに生きて
そろそろ
その 女もか… って齢を向かえ
 
そんな頃の姿も
匂いすらをも
一切 洗い落とし

すっかり
家族最優先で
真面目な父親を演じる
 
そしてこれぞ
不完全だったガキの頃を封印する美学だと
微笑む
 
あ~~~

一、川のある町
昭和五十八年の夏、北関東の小さな城下町には、まだ時間がゆっくりと流れていた。
人口三万に満たないその町を、水量の豊かな一級河川がゆったりと横切っていた。春には桜並木が川面に映り、夏には中学生や高校生が土手に屯して、秋風が吹くころには薄の穂が揺れた。冬になれば山の方から白い息のような霧が流れ込んできて、町全体が白くかすんだ。季節だけは、どこよりも正直に変わっていった。
竹内ヒロシは、その町の外れ、川沿いの一角に建つ古い木造の家で育った。父親は鉄工所に勤め、母親は近所の縫製工場でパートをしていた。二人とも無口で、家の中はいつも微妙な静けさに満ちていた。怒鳴り合うわけでも、笑い転げるわけでもなく、ただ湯飲みのお茶が冷めていく音がするような、そういう静けさだった。
ヒロシには三歳上の姉がいたが、中学を卒業すると郡山の洋裁学校へ行ってしまい、以来ほとんど戻ってこなかった。だからヒロシは事実上、一人っ子のような中学時代を過ごしていた。
中学二年の夏が始まる少し前、ヒロシの人生にとって最も重要な出来事が起きた。それは河川敷のタバコでも、薬局の戦利品でも、スーパーの千円でもなく、単純に「仲間」が揃ったということだった。
河原の土手の斜面に、ヒロシ、マコト、タケ、そしてキヨシの四人がはじめて同時に集まったのは、七月の中旬のことだった。夕立の後で、空気はまだ湿っていて、土手の草は雨粒を引きずってきらきらしていた。
「なんか今日、やけにぬるいな」
マコトがそう言いながら缶コーラを飲んだ。クラスが違うのに不思議と気が合う、そういうやつだった。口が達者で、どこからか情報を仕入れてくる才能があった。
「川、増えてるじゃん」とタケ。
タケは野球部だったが、三年が引退したとたんに部活をやめた。理由を聞いたら「なんかもう、いいかな」と言った。その潔さをヒロシは少し尊敬していた。
キヨシはそのころまだ、ほとんど喋らなかった。ただ川を眺めていた。後でわかることだが、キヨシは物事を人の何倍も時間をかけて考えてから口にするタイプで、それが結果として寡黙に見えていただけだった。
四人が初めて揃ったその夜、マコトが言い出した。
「なあ、コンドームって薬局で買えるん?」
それが、ある種の青春の始まりだった。


二、薬局の革命
翌日の午後、四人は町の外れにある「小山薬局」の前に集まった。昔ながらの薬局で、外には蚊取り線香と風邪薬の看板が出ていて、中では白衣を着た初老の店主が新聞を読んでいた。
「お前が買えよ」
「なんで俺なんだよ」
「じゃんけんにしよう」
三回やって、三回ともマコトが負けた。
「これ絶対イカサマだろ」と言いながら、それでもマコトは薬局に入っていった。ヒロシたちはガラス越しに見ていた。マコトが棚の前でうろうろしている。店主がちらりと顔を上げる。マコトがまたうろうろする。
およそ五分後、マコトは真っ赤な顔をして出てきた。両手に白い小さな袋を持って。
「買えた」
「うおーっ」
四人で笑い転げた。土手の上で、腹を抱えて。
それは「コンドーム」ではなく、ある種の「勲章」だった。少なくともあの夏には、そう感じた。マコトが店内でどれほど恥ずかしかったか、どんな顔をして店主に金を渡したか、それを聞いているだけで笑いが止まらなかった。
四人で中身を分けた。それぞれ財布に入れた。
ヒロシはしばらくの間、その財布を毎晩眺めた。存在するだけで何かが違う気がした。自分がひとつ先に進んだような、根拠のない自信があった。
もちろん、それが使われることはなかった。少なくともしばらくの間は。
夏が深まるにつれ、財布の中のそれはゆっくりと乾いていった。中学二年の夏というのは、そういう季節だった。理想と現実の間に、広大な草むらが広がっていた。
キヨシが初めてまとまった言葉を発したのも、この頃だった。
「でもさ」と彼は言った。川を見ながら。「使えなくても、別に困らなくないか」
誰も何も言わなかった。でもなんとなく、みんなそう思っていた。


三、ボンタンと煙
二学期が始まると、四人の中で微妙なヒエラルキーが生まれた。といっても誰かが誰かを支配するわけではなく、それぞれの役割が自然に固まっていった、というだけのことだった。
マコトは情報屋。タケは行動屋。キヨシは理論屋。そしてヒロシは、なんとなくまとめ役、というか、みんなが集まってくる場所に気づいたらなっていた。
秋口に、タバコが始まった。
最初に持ってきたのはタケだった。「ショッポ」という銘柄の、昔ながらのタバコだった。どこから手に入れたかは言わなかったが、後で聞いたら親父のを一本ずつ抜いていたと白状した。
「学ランの内ポケットは絶対ダメだぞ」とマコトが言った。「先生は絶対そこを見る」
「じゃあどこに隠すんだ」
「靴下の中」
「くさくなるじゃないか」
「それも靴下の内側にすれば大丈夫」
タケが実際にやってみせた。ボンタンズボンの裾をまくって、靴下の内側にショッポの箱を滑り込ませる。ズボンを戻すと完全に見えなかった。
「完璧だな」
「天才だわ」
もちろん天才でも完璧でもなかったが、あの瞬間は本当にそう思えた。
河原でタバコを吸った。初めて火をつけたとき、ヒロシは盛大にむせた。マコトも同じだった。タケだけがなんとか格好をつけようとしたが、三口目でやはり咳き込んだ。キヨシはゆっくりと一口だけ吸って、静かに煙を吐き出した。
「なんか、あんまりうまくないな」とキヨシが言った。
「大人の味ってやつだろ」とマコトが強がった。
「大人ってのが可哀想だな」
全員で笑った。河原で笑うとよく響いた。
大麻草に似た草を持ってきたのはタケだった。河原の茂みの中で見つけたと言って。四人で恐る恐る紙に巻いて試してみたが、ただ煙くて、目が痛くなっただけだった。次の日も何も起きなかった。
「これ普通の草じゃないのか」とヒロシが言った。
「じゃあなんで似てるんだ」
「世の中にはいろんな草がある」
バナナの皮を乾燥させて粉にして吸う、という方法は、マコトがどこかで読んできた。古い雑誌か何かに書いてあったらしい。四人で一週間かけてバナナの皮を集め、天日干しにして、丁寧に粉砕して、パイプで試した。
何も起きなかった。
「完全に嘘だったな」
「でも面白かったじゃないか」
それもまた本当のことだった。結果よりも過程が輝いていた、ということを、当時の四人はまだ言葉にできなかったが、体でわかっていた。

四、千円の魔法
冬になって、飲み会が始まった。
といっても豪勢なものではない。タケの家は両親が共働きで夜は空いていることが多かった。そこに四人が集まって、テレビを見て、レコードを聴いて、いつしか酒のことを考えるようになった。
問題は金だった。四人とも中学生で、あったとしても小遣いは月三千円程度だった。
マコトが策を立てた。
「バイトで仲間がレジ打ってるスーパーがあるだろ」
「鈴木んちの兄ちゃんがいるやつか」
「そう。あそこのレジ、鈴木んちの兄ちゃんが入ってる時間を狙えば、千円でかなりいけるんじゃないか」
誰も具体的に何を意味するか聞かなかった。なんとなく全員わかっていたし、誰も「それはまずいんじゃないか」とも言わなかった。当時の判断基準は複雑だった。
週末の夕方、四人は「ニコニコストア」に乗り込んだ。鈴木んちの兄ちゃん、鈴木ユウジ、十九歳は、確かに三番レジに入っていた。
買い物かごにタケとマコトが次々に入れた。ダルマのポスター瓶、ジョニーウォーカーの赤ラベル、カティーサークと、それから柿ピーやイカ天やポテトチップス。かごはたちまち山盛りになった。
レジに並んで、鈴木ユウジの前に差し出す。
「千円で頼む」
ユウジは一瞬目を細めた。それからゆっくりとレジを打ち始めた。スーパーの喧騒の中で、カチャ、カチャ、という音が規則正しく続く。

ユウジの手が止まる瞬間があった。でも止まらなかった。

「千円ちょうどいただきます」
ヒロシは確かに聞いた、「三百円のおつりです」という言葉を。
四人はスーパーを出てから走った。笑いながら走った。タケが「ダルマ落としそうになった」と言いながら走った。河原の土手まで走って、それから止まって、四人で笑い転げた。
夜、タケの家で飲んだ。中学生には強すぎる酒だったが、そんなことはわかりながら飲んだ。マコトが途中で気持ち悪くなってトイレに駆け込んだ。タケは途中で眠ってしまった。キヨシとヒロシは最後まで起きて、テレビを見ながらぽつりぽつりと話した。
「大人ってこういうことやってんのかな」とヒロシが言った。
「大人はもっとうまくやるんじゃないか」とキヨシが言った。「でも、うまくやるのが正解かどうかはわからん」
そのころキヨシが言うことは、いつも少し先を行っていた。

五、自販機の夜
エロ本の話は長くなる。
正確に言えば、「エロ本を手に入れるまでの話」が長いのであって、手に入れてからの話はほとんどない。なぜなら、手に入れることそのものが目的で、手に入れた後はなんとなく気まずくなったからだ。
最初のきっかけは、河原でビニ本を拾ったことだった。
ビニ本というのは、当時の成人向け雑誌の一種で、肝心な部分が黒塗りにされたやつだ。法律の規制でそうなっていた。四人はそれを拾って、ひとしきり見て、マコトが言った。
「この黒、落とせないのかな」
「落とせたら、すごいな」
四人は思いつく手段を片っ端から試した。水でぬらす。除光液を塗る。砂消しでこする。ドライヤーで熱する。薬局で買った何かよくわからない溶剤を塗る。
全部失敗した。
最後に試みたのは、マコトが「ネガにしたらどうか」と言って、カメラのネガフィルムに透かして見るという方法だった。
これは黒い部分が消えたが、その下の画像も全部消えた。
「消えた」
「完全に消えたな」
「いや、でも、これはこれで」
「何が「これはこれで」なんだ」
笑い声が川面に響いた。
本物を買おうという話になったのは、それから一ヶ月後のことだった。町内の本屋には置いていなかった。正確にはあったが、知り合いに見られる恐れがあって誰も近づけなかった。
マコトの調査によると、隣町の国道沿いに自動販売機があるという。
「自販機なら、誰にも見られない」
「夜中に行けば完璧だ」
深夜の自転車行軍が決定した。四人で国道を走った。冬の夜で、息が白かった。街灯の間隔が広くて、暗い区間では声を掛け合いながら進んだ。
たどり着いた自販機の前で、四人は突然固まった。
なぜかというと、自販機の前にすでに二人の人間がいたからだ。
「あれ」とタケが言った。小声で。「東中の、桐島んじゃないか」
「桐島と……誰だろう」
向こうも気づいた。沈黙があった。それからほぼ同時に、全員が笑い出した。
桐島は翌月、四人と同じ高校に入学してきた。そのことで、仲間は五人になった。
自販機の夜は、ある種の出会いの夜でもあった。

六、バブルの中の地方都市
高校に入ると、世の中が少しずつ変わってきた。
昭和が終わり、平成になった。バブルという言葉がテレビから頻繁に聞こえてくるようになった。東京では地価が信じられない速度で上がり、ディスコが毎晩満員になり、女の子たちの肩パッドがどんどん大きくなっていった。
地方都市のその町にも、その波は届いていた。ただし、遅れて、薄まった形で。
商店街に一軒、ディスコ風のクラブができた。名前は「キャメロット」。入口にミラーボールが吊るされていた。金曜の夜になると、高校生たちが集まってきた。四人も、というか五人も、そこに出入りするようになった。
ヒロシがはじめて女の子と踊ったのは、高校二年の秋のことだった。相手は同じクラスの松田ミキで、化学の授業でグループになったのがきっかけだった。キャメロットで偶然会って、マコトが「踊ってこいよ」と背中を押した。
ヒロシはステップを知らなかったから、ただ体を揺らしていた。ミキも似たようなものだった。二人で向かい合って、音楽に合わせて揺れた。それだけだったが、帰り道のヒロシの頭の中は、なんだかざわざわしていた。
マコトはこの頃、すでに彼女がいた。一個下の子で、名前はユキといった。付き合い始めると、マコトは急に落ち着いた。以前の情報屋としての鋭さが薄れた代わりに、何か別の柔らかさが出てきた。恋愛というものが人を変えるということを、ヒロシはマコトを見て学んだ。
タケは相変わらず行動屋だった。高校に入ってバイクの免許を取り、原付で山の向こうの町まで遠出するようになった。ひとりで走るのが好きだと言っていた。仲間といるのも好きだが、ひとりで走っているときにしか考えられないことがある、と珍しく詩的なことを言った。
キヨシは図書館に入り浸るようになった。小説を読み始めた。夏目漱石から始まって、太宰治、三島由紀夫と読み進んで、気がつけば翻訳文学にも手を出していた。そのことを自分から言わなかったが、たまに読んでいる本を見せてくれた。
桐島は、五人の中で一番早く社会のルールを理解した。「どうすれば怒られないか」ではなく、「どうすれば生き延びられるか」を本能的に知っていた。高校三年のとき、桐島は進路について「東京の専門学校に行って、音楽で食っていく」と言った。全員が笑ったが、桐島だけは笑わなかった。
バブルの時代は、夢を言っても笑われない時代だった。少なくともそういう空気があった。何かをやれば何かになれる気がした。それが幻想だったとしても、幻想が人を動かすことはある。
高校三年の夏、五人で最後の河原に来た。日が落ちてから、土手の草の上に寝転んで、星を見た。
「なんか、あっという間だったな」とマコトが言った。
「これからが長いんじゃないのか」とキヨシが言った。
「俺、東京行く」と桐島が言った。
「俺も」とマコトが言った。
「俺は残る」とタケが言った。「この町にいたい理由がある」
理由は言わなかった。でも全員なんとなくわかった。タケには、この町に好きな人がいた。
ヒロシは何も言わなかった。空を見ていた。
星がよく見えた。地方都市の空は、まだ暗くて、星が多かった。

七、父親たちの夜
三十年後の秋、その町の駅前に「居酒屋 天下一」という店があった。昔は電気屋だったが、バブルが弾けて閉店して、しばらく空き家になって、いつのまにか居酒屋になっていた。
ヒロシが東京から帰ってきたのは、父親の葬儀のためだった。連絡を受けて、新幹線で、それから在来線で、久しぶりに懐かしい駅に降り立った。
葬儀の翌々日、マコトから連絡が来た。
「集まろう」
それだけだった。居酒屋の名前が書いてあった。
五人が揃うのは、十年ぶりだった。それ以上だったかもしれない。
タケは太っていた。ヒロシより確実に十キロ以上重そうだった。でも顔は変わらなかった。笑うと昔のタケだった。
マコトは白髪が増えていた。でも口の達者さは変わらなかった。席についた瞬間から喋り始めた。
キヨシは相変わらず静かだった。でも目の奥に、何か重なったものがある感じがした。長い読書の痕跡のような何かが。
桐島は東京にいた。この日のために飛行機で戻ってきた。音楽で食ってはいないが、レコード会社の営業をしていると言った。「間接的には音楽で食ってる」と笑った。
最初のビールを飲んで、しばらく近況報告をして、そのうちみんな昔の話を始めた。
「コンドームを薬局で買った話、覚えてるか」
「忘れるわけないだろ」とマコトが赤くなりながら言った。「恥ずかしすぎて、今でも夢に見る」
「千円でスーパーで山ほど買った話」
「ユウジ、今は川向こうで米屋やってるぞ」とタケが言った。「この間、米買ったら笑ってた」
「何がおかしかったんだ」
「わかってるくせに」
全員で笑った。
バナナの皮の話もした。大麻草もどきの話もした。自販機の夜の話もした。桐島が「あの夜がなかったら、俺、今ここにいなかったな」と言った。「出会い方が最高だった」
酒が進むにつれて、話は静かになっていった。子供たちの話をした。奥さんの話をした。仕事の話をした。ヒロシが父親のことを話したとき、誰も何も言わなかったが、キヨシがそっと肩を叩いた。それで十分だった。
閉店間際、マコトが言った。
「俺たち、ずいぶんいい加減なガキだったな」
「そうか?」とタケが言った。「俺はそんなに悪くなかったと思うけど」
「悪いとか良いとかじゃなくて、いい加減だったってことだ」
「まあな」
「でも」とキヨシが言った。久しぶりにまとまった言葉で。「あの頃の不完全さが、今の俺たちを作ったんじゃないか。完全だったら、こんなに仲良くなかった気がする」
誰も何も言わなかった。
店の外に出ると、冷たい空気だった。駅の方向に、昔と同じように街灯が並んでいた。川の方から、かすかに水の匂いがした。
「また来年」
「来年」
「来年」
ヒロシは最後に残った。一人でしばらく立っていた。
星は、昔ほど見えなかった。町に光が増えたからだ。でも全部消えたわけでもなかった。
ヒロシは少し笑って、駅の方向に歩き始めた。

昭和後期〜バブル期
北関東の地方都市を舞台に

ー完ー


ーあとがきー
気がつけば、僕らはすっかり「パパ」や「社会人」という仮面が似合う年齢になった。
煙草を止め、酒を覚え、家族の幸せを最優先に考える。
それは、ある意味では「完全な大人」に近づいた証拠なのかもしれない。
けれど、ふとした瞬間に思い出す。
財布に残っていたあの輪っかの跡や、雨の日の河原の匂いを。
そのたびに、僕らの内側にある「不完全なガキ」が、今もひっそりと息づいていることを知る。
過去を洗い落とし、真面目な父親を演じること。
それ自体が、実は「不完全だった自分たち」への、最大級の敬意であり、美学なのではないか。
あの頃の僕らは、間違いじゃなかった。
そして、今を生きる僕らも、きっと間違いじゃない。
この詩の最後の余韻が、あなた自身の「不完全な物語」と重なり、柔らかな微笑みへとつながることを願って。


ー紹介文ー
「僕らはいつ、不完全であることをやめたのだろう?」
昭和から平成へ、煤けた風が吹く河原で、僕らは「大人」の真似事をして生きていた。
財布に忍ばせたカッサカサの秘密、靴下に隠した煙草の箱、黒塗りの向こう側に夢見た世界——。
時を経て、かつての少年たちは今、立派な「父親」を演じている。
けれど、その背中に流れるのは、消したはずのあの頃の匂いだ。
本書は、そんな「不完全な季節」を駆け抜けたすべての人に贈る、不器用な魂の記録。
恥ずかしくて、滑稽で、けれど最高に美しい「あの頃」を封印し、今を懸命に生きる男たちのための詩集です。