Kindle 予定


また日本人に生まれたい
〜 転生江戸奇譚 〜

桜が散っていた。
病室の窓から、春の光が薄く差し込んでいた。カーテンの隙間から見えるのは、廊下の向こう、中庭の老木だった。白い花びらが風に乗って舞い上がり、また静かに落ちていく。田中喜一郎は、その光景をぼんやりと眺めながら、もう長くないな、と思った。

八十三歳。自分でも、よく生きたと思う。戦後の混乱期に生まれ、高度経済成長の波に乗り、バブルを経験し、失われた三十年を老いながら眺め、そしてコロナ禍を生き延びた。時代の荒波をくぐってきた一人の日本人の生涯が、今まさに幕を引こうとしていた。

息子の義雄が、椅子に座って静かに目を閉じている。疲れているのだろう。三日間、付きっきりで看ていてくれた。五十四歳になった息子の横顔には、亡き妻の面影がある。喜一郎はその顔を見るたびに、妻のフミ子を思い出した。

フミ子は三年前に逝った。二人で暮らした五十二年間の記憶が、今は宝石のように光っている。喜一郎は目を細めた。よかった。本当によかった。日本に生まれて、この人と出会えて、この家族を持てて、よかった。

呼吸が、少しずつ浅くなっていく。
桜の花びらが一枚、窓ガラスに触れて、また離れた。
田中喜一郎の意識は、やがて光の中へと溶けていった。

それが、始まりだった。



喜一郎が最初に覚えている記憶は、母親の背中だった。

昭和二十五年、東京の下町。まだ戦争の傷跡があちこちに残っていた頃のことだ。防空壕の跡地に建てられたバラックの窓から、隅田川が光っているのが見えた。母は毎朝、ボロボロになった割烹着を身につけ、近くの工場に弁当を届けに行った。その背中が、子供心に大きく、温かく見えた。

父は大工だった。口数は少ないが、仕事ぶりは丁寧だった。家を建てるのは、人の暮らしを作ることだと言い続けた人だった。喜一郎はその父の仕事を横で見ながら育ち、やがて大工の道を継ごうとしたが、時代の流れで建設会社へ就職した。現場監督として、東京の街が再建されていくのを間近で見守った。

昭和三十年代、街は急速に変わっていった。木造の長屋が姿を消し、コンクリートのビルが建ち並んだ。三種の神器と呼ばれた家電が家の中に入ってきた。白黒テレビの前に家族が集まり、東京オリンピックの開会式を息を呑んで見た。あの時の興奮は、今でも胸の底に焼きついている。

フミ子と出会ったのは、昭和四十二年の秋だった。会社の同僚の妹だった。初めて見た時、喜一郎は声も出なかった。小柄で、目が大きく、笑うと目尻に細い皺が寄る。その笑顔に、一瞬で魂を持っていかれた。

三年後に結婚した。仲人は会社の上司が立ってくれた。結婚式は近所の料亭で質素に行ったが、フミ子は白無垢を着て、それはそれは美しかった。花嫁の父が涙をこらえていたのを、喜一郎はずっと覚えている。俺は大切なものを預かったのだ、と、その日から心に刻んだ。

義雄が生まれたのは、昭和四十七年だった。初めて我が子を腕に抱いた時の、あの震えるような感覚は、何にも代えがたかった。こんなにも小さな命が、自分の腕の中に収まっている。この命を守らなければならないという、静かな、しかし揺るぎない決意が、自然と湧き上がってきた。

その三年後には、娘の朋子も生まれた。兄妹げんかをしながら育った二人は、いつしか立派な大人になった。義雄は建設会社で設計士として働き、朋子は学校の教師になった。二人とも、よい伴侶を見つけ、孫を授かってくれた。

孫は六人いた。一番上の孫娘、さくらが生まれた時、喜一郎はもう六十を過ぎていた。しわくちゃの手で孫を抱きながら、また新しい命が来た、と思った。命というのは、こうして続いていくものなのだと、その時初めて腑に落ちた。

フミ子はどの孫にも分け隔てなく愛情を注いだ。運動会には必ず赤飯を炊いて持っていき、誕生日には必ず手作りのケーキを焼いた。孫たちの記憶の中に、おばあちゃんの味が残っているだろうと思うと、喜一郎は今でも胸が温かくなる。

フミ子が倒れたのは、令和三年の春だった。脳梗塞だった。病院で目が覚めた彼女は、最初に喜一郎の名前を呼んだ。その声を聞いた時、喜一郎は廊下に出て、声を殺して泣いた。五十年以上連れ添った妻の声が、こんなにも自分の核心に触れるものだとは知らなかった。

リハビリを経て、フミ子は自宅に戻ってきた。少し言葉が不自由になったが、笑顔は変わらなかった。その年の冬、縁側で二人で日向ぼっこをしながら、フミ子がぽつりと言った。

「喜一郎さん、私、幸せだったよ」

喜一郎は何も言えなかった。ただ、その手を握った。
翌年、フミ子は静かに逝った。眠るように、穏やかな顔で。

フミ子を見送ってから、喜一郎は時々、縁側に座ってぼんやりと空を見るようになった。何を考えているわけでもない。ただ、日本の空を眺めている。

春には桜が咲き、夏には入道雲が湧き、秋には金木犀が香り、冬には富士山が白く輝く。この繰り返しの中に、日本人の心が宿っている気がした。移ろいを愛でる心、散るものへの哀愁、再生への祈り。喜一郎は、自分がそういう土壌の中で育ったことを、改めて有り難いと感じた。

日本語もそうだった。「もったいない」「おかげさま」「わびさび」「やまとごころ」。他の言語に訳しにくいこれらの言葉に、日本人の感性の核心がある。喜一郎は若い頃からそれを意識していたわけではないが、老いてから、これらの言葉の深さを味わえる自分に気づいた。

そして、食だった。朝の味噌汁の匂いほど、人を安心させるものがあるだろうか。炊きたての白いご飯の輝き。旬の野菜の味。職人が丹精込めて作った豆腐の絹のような舌触り。喜一郎にとって、日本の食は単なる栄養ではなく、魂の糧だった。

病床の中で、喜一郎は思った。もしもう一度生まれてくることができるなら、また日本人に生まれたい。この言葉を、また誰かに使える言語で語れる存在に生まれたい。この桜の美しさを、またこの目で見たい。

その思いを最後に抱きながら、田中喜一郎の意識は、深い光の海へと沈んでいった。
最初に感じたのは、温かさだった。

体がない。痛みもない。不安もない。ただ、広大な温かさの中に、「自分」という意識の核だけがある。田中喜一郎は、もはや体ではなかったが、確かに存在していた。

光があった。一方向からではなく、あらゆる方向から、柔らかく、しかし確かな光が満ちていた。まるで薄い絹の布を何枚も重ねたような、そういう光だった。

川が見えた。正確には、川のようなものが見えた。光でできた流れが、どこまでも続いている。その川岸に、喜一郎の意識は静かに降り立っていた。

声がした。声というより、響き、と表現した方が正確かもしれない。言葉ではないが、意味を持つ何かが伝わってきた。

——よく生きた。

喜一郎は答えようとした。言葉は出なかったが、思いは伝わった気がした。ありがとう、と。フミ子に、義雄に、朋子に、孫たちに、父に、母に、自分の人生を彩ったすべての人に。そして、日本という国に。

——また、行くか。

その問いかけに、喜一郎は迷わなかった。行きたい、と思った。また、あの桜を見たい。また、あの味噌汁の匂いの中で目を覚ましたい。また、愛する人の声を聞きたい。また、日本人として、この世界を生きたい。

光の川の向こうに、無数の扉のようなものが見えた。いや、扉ではない。窓、だろうか。あるいは、時代の断面。それぞれの窓の向こうに、異なる時代の日本の風景が広がっていた。

一つの窓の向こうに、見慣れた東京の街並みがあった。令和の日本だ。ビルが立ち並び、電車が走り、スマートフォンを手にした人々が行き交っている。

別の窓には、昭和の下町が見えた。喜一郎が少年時代を過ごした街に似ている。路地に子供たちが溢れ、豆腐売りの声が聞こえる。
そして、もう一つの窓があった。

その窓の向こうには、木と土と水でできた街があった。建物の屋根は瓦で葺かれ、石畳の道を着物姿の人々が歩いている。遠くに山が見え、川が光っている。荷物を担いだ商人、笑いさざめく子供たち、着流しで歩く武士の姿。

江戸だった。

喜一郎の意識は、その窓に引き寄せられた。なぜかはわからない。ただ、その風景の中に、懐かしさとも呼べない感覚が宿っていた。日本の原風景、とでも言うべき何かが、そこにあった。

光の川が揺れた。
意識が、渦を巻くように回転し始めた。
温かさが、すべてを包んだ。
そして、田中喜一郎は消えた。

暗闇があった。

しかしそれは恐ろしい暗闇ではなかった。温かく、湿った、生命の気配に満ちた暗闇だった。何かが聞こえる。くぐもった音。リズム。規則正しい、力強い、鼓動のような音。

意識はある。しかし、体が思うように動かない。時間の感覚もない。ただ、あの光の川を渡ってきたという確かな記憶と、かつて田中喜一郎であったという確かな感覚だけが、この小さな存在の中に宿っていた。

光が見えた。細い、遠い光だった。
声が聞こえた。女の声だった。
何かが始まろうとしていた。

文政三年(一八二〇年)、春。
神田の大工の家に、男の子が生まれた。

産婆の手が自分を受け取り、空気に触れた瞬間、この小さな命は大きく泣いた。泣きながら、光を感じた。朝の光だった。障子越しに差し込む、柔らかくも確かな光。その光の中に、生の喜びが凝縮されているようだった。

「達者な子だ」と、産婆が言った。「元気な産声だ」

母が、震える腕でその子を受け取った。温かかった。人の温もりというのは、時代が変わっても同じなのだと、この小さな意識は何かを思い出すように感じた。

名前は、清太郎と名付けられた。

田中清太郎。かつて田中喜一郎だった魂が、江戸の大工の息子として、新たな命を生き始めた。

清太郎が初めてはっきりと外の世界を認識したのは、生後半年ほどが過ぎた頃だった。母に抱かれて外に出た時、世界の豊かさに圧倒された。

神田の町は、生き物のように騒がしかった。

魚河岸から運ばれてくる魚の匂い。豆腐売りの「とーふー」という長く伸びた声。拍子木を鳴らしながら歩く夜回りの音。大工仕事の槌音。子供たちの笑い声。そして、どこからともなく漂う味噌や醤油の匂い。

この匂い、と清太郎の小さな心が思った。この、日本の匂いだ。

かつての人生で、築地の市場を歩いた時の記憶が、うっすらと蘇った。魚の匂い、海の匂い、人の熱気。二百年の時を隔てながら、人間の生活の根っこにあるものは、驚くほど変わっていない。

川が見えた。神田川だ。水面が光を弾き、小舟が行き交い、川岸では洗濯をする女性たちが笑いながら話している。清太郎は母の腕の中から、その光景をじっと見ていた。

生きている、と思った。また、生きている。

涙が出た。赤ん坊の涙は、母を心配させたが、その涙の本当の意味は、誰にもわからなかった。感謝の涙だった。この世界に、また戻ってこられたことへの、純粋な感謝の涙だった。

清太郎は言葉を覚えるのが早かった。

周囲の大人たちは、賢い子だと褒めた。しかし清太郎本人には、言葉を「覚えている」というより、「思い出している」感覚があった。言葉の響きが、体の奥の何かに触れて、するすると沁みていく。

江戸言葉は歯切れがよかった。「べらんめえ」調の下町言葉、武士の堅い話し言葉、商人の柔らかい敬語。同じ日本語でも、その豊かさに清太郎は驚いた。現代では失われた言い回しや表現が、ここでは当たり前のように生きている。

「清太郎、今日は何を見た?」と、父の弥吉は夕餉の後によく聞いた。

清太郎は一生懸命、自分が見たものを言葉にした。川の光、飛ぶ鳶、荷物を担ぐ棒手振りの姿。父はそれをにこにこしながら聞いた。物を見る目を持て、という父なりの教えだった。

その教えは、清太郎の魂の奥にある記憶と共鳴した。かつての父も、仕事の中で世界を見ていた。大工の父は、木の目を見る目を持っていた。二つの父の姿が重なり、清太郎の胸を温かく満たした。

父の弥吉は、神田で評判の大工だった。

その手は、常に傷だらけだった。鑿の跡、鋸の跡、何年もの仕事が刻み込まれた手。しかしその手が木材に触れる時、不思議な優しさが宿った。木の声を聞くように、ゆっくりと材を撫で、どこに鑿を入れるかを判断する。

清太郎が六歳になった頃、父は初めて仕事場に連れていってくれた。建てかけの商家の現場だった。柱が立ち並び、棟木が渡され、職人たちが互いに声を掛け合いながら働いている。その連帯感に、清太郎は胸が震えた。

「木というのはな」と弥吉は言った。「生きていた時の癖が残っている。南向きに育った木は、南に向けて使ってやる。そうすれば、家が長持ちする」

清太郎はその言葉を、全身で受け取った。かつての人生で、コンクリートとガラスの建物を何棟も建てた経験が蘇る。効率を求め、コストを計算し、工期を管理した。しかし弥吉の言葉には、そういう次元とは別の、もっと根源的な建築の哲学があった。

素材と対話すること。自然の理に従うこと。それが、本当の職人の仕事なのだと、清太郎は深く胸に刻んだ。

母のつやは、料理が上手だった。

朝は必ず、味噌汁と漬物とご飯が出た。江戸の朝は早く、夜が明けるとともにつやは竈に火を入れ、米を洗い、豆腐や油揚げ、季節の野菜を切って味噌汁を作った。その匂いで清太郎は目が覚めた。

ある朝、清太郎は台所で眠そうな目のまま座り、つやが味噌汁を作る様子を眺めた。出汁を取る。煮干しの入ったにべ鉢に、昆布を加えて一晩おいておいたものだ。そこに具を入れ、最後に味噌を溶く。

できあがった味噌汁を一口すすった時、清太郎は言葉を失った。

これだ、と思った。この味だ。何百年経っても変わらない、日本の朝の味。かつての自分が、病床で最後に飲んだ薄い味噌汁の記憶が蘇った。あの時、なぜあれほどその味が染みたのか、今ならわかる。この味は、日本人の魂の味だから。

「清太郎、どうしたんだい?」と、つやが心配そうに聞いた。

清太郎は首を振った。「おいしいよ、かあちゃん。とても、おいしい」
つやは目を細めて笑った。

その笑顔に、亡きフミ子の笑顔が重なった。清太郎は椀を抱え、熱い目頭を押さえた。

七歳になった清太郎は、近所の寺子屋に通い始めた。
師匠は隠居した元武士の老人で、名を筒井半蔵といった。厳格だが公平な人物で、身分に関わらず子供たちを平等に教えた。

読み書きと算盤が主な教科だった。清太郎は文字を覚えるのが早く、半蔵は目を細めて褒めた。しかし清太郎は、褒められること以上に、学ぶこと自体が楽しかった。かつての人生で当たり前に使っていた文字が、ここでは習字の筆先から少しずつ生まれてくる。その過程に、言葉が生き物であることを感じた。

ある日、半蔵が子供たちに問うた。「おまえたちは、何のために学ぶのか?」

子供たちは思い思いの答えを言った。商人の息子は「商売のため」、武家の子は「立身出世のため」。

清太郎の番が来た。清太郎は少し考えてから、答えた。「人を、大切にするためです。学ぶほど、人のことがわかるようになる気がします」

半蔵は驚いたような顔をした。それから、深くうなずいた。「よく言った。そうだ。学問の本分は、人を知ることにある」

清太郎は、その言葉を胸に仕舞った。八十三年の人生で、ようやく辿り着いた答えを、七歳の自分が言葉にできたことが、不思議だった。前世の記憶は、確かに自分の中に生きているのだと、その時、改めて実感した。

清太郎が十二歳の夏、神田祭の年がやってきた。

神田祭は、江戸三大祭りの一つとして名高かった。二年に一度の本祭りには、町中が沸き立った。町内ごとに山車や神輿の準備が始まり、子供たちは普段とは違う大人たちの興奮を感じながら、祭りの日を指折り数えた。

弥吉も、町内の山車の制作に加わっていた。大工として、山車の骨組みを組み立てる仕事だった。清太郎は放課後、父の手伝いに行った。鑿を持たせてもらい、小さな端材を削る練習をした。木の香りが、鼻腔を満たした。

この匂いが好きだ、と清太郎は思った。木の匂い、人の汗の匂い、江戸の夏の匂い。

町内の顔役である甚兵衛が、弥吉に話しかけた。「弥吉さん、今年の山車は一段と立派だな。さすがだ」

弥吉は照れたように頭をかいた。「いやあ、みんなで作ったものですから」

清太郎はその謙遜に、父の品格を見た。自分の仕事を誇ることより、仲間への感謝を先に述べる。かつての自分も、そういう人間でありたいと思いながら、いつも半分しかできなかった。この父から、もう一度学ぼうと思った。
祭りの当日は、快晴だった。

江戸の空は高く、真夏の光が町中に降り注いだ。神田明神の参道には屋台が立ち並び、飴細工売り、金魚売り、香具師の口上、三味線の音が入り混じった。人々は晴れ着に身を包み、老いも若きも笑顔で溢れていた。

清太郎は友人の捨吉と並んで、その光景を眺めた。捨吉は同じ町内の鍛冶屋の息子で、無鉄砲だが義理堅い友だった。

二人で飴細工売りのもとへ走った。職人が手際よく飴を引き伸ばし、見る間に鶴の形を作り上げる。清太郎は、その技を見ながら深く感動した。技術というのは、どんな時代にも美しい。人が技を磨き、それを人に喜ばれる形にする。この行為に、人間の尊さが宿っている。
夕暮れ時、神輿が担ぎ出された。

「わっしょい、わっしょい」の掛け声が、夕空に響き渡った。揃いの半纏を着た担ぎ手たちが、神輿を高く持ち上げ、路地を進んでいく。沿道の人々が手を叩き、声援を送る。

清太郎は、その光景を見ながら、気づいたら泣いていた。

なぜ泣いているのか、自分でもよくわからなかった。ただ、この光景の中に、日本というものの本質が宿っている気がした。共に神を迎え、共に喜び、共に生きる。個人が集団の中に溶け込み、しかし誰もが輝いている。このあり方が、日本の祭りだ。

捨吉が気づいて、肩を叩いた。「どうしたんだ、清太郎」

「なんでもない」と清太郎は首を振った。「祭りって、いいな、と思って」

捨吉はきょとんとした顔をしてから、笑った。「そうだな。いいな」

二人は並んで、神輿が夕闇の中に消えていくのを見送った。

祭りが終わり、人々が家路についた後、清太郎は一人で神田川のほとりに座った。

川面に星が映っている。江戸の夜は暗く、星がよく見えた。かつての東京では、光に満ちた夜空に星はほとんど見えなかった。しかしここでは、天の川が川のように横たわり、無数の星が手の届きそうなところで瞬いている。

また生まれた
この空の下に
星は変わらず
川は流れ
人は生きる

それでよい
それで、よい

清太郎は、水面に映る星を眺めながら、静かに誓った。この命を、丁寧に生きよう。日本人として、この時代を、精一杯に生きよう。かつての人生で学んだことを、心の奥に持ちながら、しかし今ここにある命として、完全に生きよう。
川が、静かに流れていた。

十五歳になった清太郎は、時々、不思議な夢を見た。

夢の中では、見知らぬ世界が広がっていた。石畳ではなく、黒く硬い道が延びている。空を大きな鳥のような乗り物が飛んでいる。人々は不思議な箱を手に持ち、誰かと話している。建物は空まで届くほど高く、夜でも昼のように明るい。

その世界に、自分がいた。老いた自分が、窓から桜を眺めている。

目が覚めると、清太郎は夢の余韻の中にしばらく浸った。あれは何だろう、と思う。しかし、不思議と恐怖は感じない。懐かしさに近い何かがあった。あれは自分の記憶なのか、それとも見たこともない未来なのか、清太郎には判断できなかった。

この不思議な夢について、清太郎は誰にも話さなかった。話したところで、信じてもらえないとわかっていたから。そしてまた、この秘密を胸に持つことで、自分の中に不思議な力が宿っている気がしたから。

十六歳の秋、清太郎は寺子屋の師匠、半蔵を訪ねた。すでに師匠の教えを卒えていたが、時々こうして話を聞きに来ていた。

半蔵は縁側に座り、秋の庭を眺めていた。柿の実が赤く染まり、菊が白く咲いている。

「師匠、人は死んだらどうなるのでしょう」と清太郎は聞いた。

半蔵は、しばらく柿の実を見ていた。「仏の教えでは、輪廻転生という。魂は死んで、また別の体に生まれ変わる」

「その時、前の生の記憶は?」

「消えると言われている。しかし……」半蔵は少し間を置いた。「完全には消えないのかもしれない。魂の奥の奥に、何かが残る。それが、人それぞれの天性というものかもしれない」

清太郎は、その言葉を静かに受け取った。 


「師匠は、前の生があると思いますか」
半蔵は清太郎を見た。老いた目が、何かを見透かすように細くなった。「おまえは……何か、思うことがあるのか?」

清太郎は少し迷ってから、うなずいた。「夢を見るのです。見知らぬ場所の夢を。しかし懐かしい夢を」

半蔵は長い沈黙の後、言った。「それは……大切にしなさい。人の魂には、一つの生では学びきれないことがある。だから何度も生まれ変わる。おまえの夢は、過去の自分からの贈り物かもしれない」

清太郎は深々と頭を下げた。「ありがとうございます、師匠」

半蔵は微笑んだ。秋の光が、二人の間に静かに差していた。

その年の冬、弥吉が現場で怪我をした。足場から落ちて、腰を打った。幸い骨は折れなかったが、しばらく仕事ができなくなった。

清太郎は弥吉の代わりに、町内の小さな修繕仕事を引き受けた。屋根の板の交換、雨戸の建て付け直し、塀の修理。まだ見習いの腕だったが、弥吉から習ったことを一つ一つ思い出しながら、丁寧にこなした。

回復した弥吉は、清太郎の仕事を見て、黙ってうなずいた。その一言のない承認が、清太郎には何より嬉しかった。

「父ちゃん」と清太郎は言った。「俺、大工になる。父ちゃんみたいな大工に」

弥吉は少し驚いた顔をした。それから、目を細めた。「そうか。それなら、もっといい師匠につけてやる。俺よりうまい大工を知っている」

「父ちゃんで十分だ」

弥吉は首を振った。「職人は、師匠を超えなければならない。俺を超えろ。そのためには、もっと良い師から学べ」

清太郎は、この父の言葉の深さに打たれた。自分への執着より、息子の成長を望む。かつての父も、そういう人だった。時代は変わっても、よい父の在り方は変わらない。

その夜、清太郎は布団の中で、かつての父のことを思った。大工だった父。仕事は口数少なく、しかし確かだった父。二人の父の記憶が重なり、清太郎の胸の中で温かく光った。

清太郎が二十歳になった春、弥吉の紹介で、武蔵野の庄屋の家の普請に関わることになった。

神田から一日かけて歩くと、武蔵野の原野が広がっていた。江戸の喧騒とは別世界の静けさがそこにあった。萌黄色の草原に、散り始めの桜が重なり、遠くに山の連なりが霞んでいる。清太郎はその景色に足を止め、しばらく動けなかった。

日本の原風景とはこれだ、と思った。かつての人生で旅行した山梨や長野の山里に、この景色は似ていた。しかしここには、人の手による整備もなく、電線もなく、ただ自然と人間の暮らしが静かに溶け合っている。

庄屋の田辺屋敷は、大きな茅葺き屋根の家だった。母屋の普請と離れの新築が仕事だった。清太郎は師匠の長兵衛親方の下で、一心に働いた。

その仕事の初日の夕方、庄屋の娘と目が合った。
田辺庄屋の一人娘、芳は、十八歳だった。

背は低く、色白で、目がくりっとしていた。仕事場に水を運んできた時、清太郎と目が合い、少し頬を染めてうつむいた。その仕草が、清太郎の胸の何かに触れた。

フミ子だ、と思ってしまった。

もちろん、フミ子ではない。しかし、あの初めて会った時の感覚に似ていた。見知らぬはずなのに、懐かしい。初めて会ったはずなのに、ずっと知っていたような気がする。

仕事が続く中で、清太郎と芳は少しずつ言葉を交わすようになった。芳は賢く、読み書きができ、庄屋の娘らしい落ち着きがあった。しかし時々、子供のように笑う。その笑顔に、清太郎は胸を打たれた。

普請が終わる頃、清太郎は長兵衛親方に打ち明けた。「お芳さんのことが、忘れられません」

長兵衛は驚きもせずに言った。「そうか。庄屋の娘だぞ。大工の若造では釣り合いが取れないかもしれないが……わしから田辺のご主人に話してみよう」

清太郎は頭を下げた。親方の厚意が身に染みた。
縁談は、意外にも早くまとまった。

田辺庄屋は、清太郎の仕事ぶりを見ていた。丁寧で、誠実で、仲間への気配りも忘れない若者だと評価していた。大工の腕は確かで、将来性がある。娘の縁談として悪くないと判断したのだった。

結婚の前夜、清太郎と芳は庄屋の庭で少しの間、二人になった。秋の月が明るかった。

「清太郎さん」と芳が言った。「私のことを、大切にしてくれますか?」

清太郎は、その問いの重さを感じた。かつての自分が、フミ子に問われた言葉に似ていた。あの時も、この言葉に答えられたか。答えられたと思う。五十二年間、共に生きた。

「必ず」と清太郎は言った。「命をかけて、大切にします」

芳は静かに微笑んだ。月明かりの中で、その顔が光って見えた。

清太郎は思った。また、出会えた。形は違っても、この縁は続いていたのだ。魂というのは、何度でも、大切な人と出会うように導かれるのかもしれない。

それが、日本人の言う「縁」というものの本質なのだと、清太郎はこの夜、初めて腑に落ちた。

結婚した清太郎と芳は、神田に家を構えた。

清太郎は独立して、小さな大工の仕事場を持った。最初は苦労の連続だった。仕事はなかなか取れず、お金の工面に苦しむこともあった。しかし芳は一言の不満も言わず、清太郎の帰りを温かい食事で迎えた。

二年後、長男の庄吉が生まれた。続いて、娘の花、次男の平三が生まれた。三人の子供たちで、小さな家はにぎやかになった。

子供たちの顔を見るたびに、清太郎は義雄と朋子を思い出した。しかし今の子供たちへの愛は、記憶の中の子供たちへの愛とは別の、生き生きとした現在のものだった。清太郎は、この違いに気づいて苦笑した。過去を懐かしむことと、今を生きることは、両立できる。それが、二度目の人生で学んでいることだった。

清太郎が三十代の半ばを過ぎた頃、天保の大飢饉が江戸を襲った。

凶作が続き、米の値が跳ね上がった。町には貧しい人々が溢れ、物乞いが路上に倒れ、盗みや喧嘩が増えた。神田の町でも、日々の食事に困る家が出てきた。

清太郎は、自分たちに余裕がない中でも、近所の困った人々に食料を分けた。芳は何も言わずに、清太郎の判断に従った。そしてまた、自分でも工夫して、少ない食材から家族と近所の子供たちの分の食事を作り出した。

ある夜、芳が言った。「清太郎さん、苦しい時でも、あなたは人のことを考えている。そういう人に嫁いで、よかった」

清太郎は首を振った。「俺だけじゃない。お前もだ。お前が文句も言わず支えてくれるから、俺は動けるんだ」

芳は照れたように笑った。

この夜の会話を、清太郎は長く覚えていた。苦しい時こそ、人の本質が出る。そして、苦しい時を共に支え合えた時、夫婦の絆は深まる。それは二百年後の世界でも、この時代でも、変わらない真実だった。

飢饉が明け、清太郎の仕事は少しずつ軌道に乗り始めた。

弥吉から継ぎ、長兵衛親方から学んだ技を磨きながら、清太郎は江戸の大工として確かな評判を築いていった。手がける仕事は小さなものが多かったが、一つ一つを丁寧に仕上げた。どんな小さな修繕も、手を抜かなかった。

清太郎の仕事には、一つの特徴があった。施主の話をよく聞くことだ。何が不便で、どんな暮らしをしたいか。その要望を丁寧に聞いた上で、最善の方法を考える。この姿勢は、かつての現場監督としての経験が染み込んでいたかもしれない。施主の声を聞くことが、良い建物を作る第一歩だという確信。

「清太郎親方は、話を聞いてくれる」という評判が広がり、仕事は絶えなかった。

大工の仕事とは、人の生活の土台を作ることだ。人が生まれ、育ち、老い、死んでいく場所を作る仕事だ。これほど人に近い仕事はない。清太郎は、この仕事に誇りを持って生きた。

子供たちが成長した。庄吉は大工の道を継いだ。花は近くの商人に嫁いだ。平三は学問の道に進み、寺の弟子になった。

孫が生まれ始めた。最初の孫は庄吉の子で、男の子だった。清太郎は孫を抱きながら、またこの感覚だ、と思った。小さな命を、両腕に抱く感覚。これは何度経験しても、初めての感動だった。

あの病室の桜を思い出した。そして、この孫の将来に桜が咲くことを思った。命は続いていく。花が散り、根が深まり、また花が咲く。日本は桜の国だ。散ることで美しく、また咲くことで生きる。その繰り返しの中に、日本人の魂がある。

清太郎は孫に言った。「日本人に生まれたことを、大事にしなさい。それだけで、もう十分幸せなんだから」

孫は何も分からず、ただ清太郎の顔を見てにこっと笑った。

その笑顔が、清太郎の胸を満たした。

清太郎が六十を過ぎた頃、芳が病に倒れた。

夏の暑い盛りだった。熱が出て、咳が続き、みるみる体が細くなっていった。当時の医術では限界があり、清太郎は為す術なく、ただ芳の手を握り続けた。

芳は最後まで、清太郎の心配をしていた。食事を摂っているか、仕事を無理しすぎていないか。清太郎は何度も「大丈夫だ」と答えながら、声が震えそうになるのを必死でこらえた。

芳が逝った秋の朝、縁側に金木犀が香っていた。

清太郎は、その香りの中で泣いた。かつての人生でフミ子を見送った時と同じ、喪失の痛みが、胸の核心を貫いた。人を愛することは、いつかこの痛みを引き受けることだ。しかし、それでも愛することを選ぶ。それが人間というものだ。

金木犀の香りが、長く漂っていた。

芳を見送った後、清太郎は少しずつ仕事を庄吉に譲った。

隠居した清太郎は、近所の子供たちに大工の基礎を教えるようになった。木の扱い方、道具の使い方、それ以上に、仕事への向き合い方。道具は大切に使え。人の暮らしを作る仕事に、粗雑な心では向き合えない。そういうことを、時間をかけて伝えた。

かつての寺子屋の師匠、半蔵の姿が重なった。半蔵も、こんな気持ちで子供たちに向き合っていたのかもしれない。知識を伝えることより、生き方を伝えること。それが本当の教えというものだと、老いてからようやくわかった。

孫たちが大きくなった。それぞれに個性があり、それぞれの道を歩み始めた。清太郎は孫の一人一人と話すことを楽しんだ。老人と子供は、不思議なほど気が合う。どちらも、余計なものが剥ぎ取られた存在だからかもしれない。

七十五歳になった清太郎は、春の日に神田川のほとりに座っていた。

若い頃と同じ場所だった。川の流れは変わらない。水面の光の揺れも変わらない。しかし、川岸の家並みは変わり、行き交う人の顔も変わった。変わらないものと変わるものが、川のほとりに共存している。

清太郎は、二つの人生を静かに眺めた。

田中喜一郎として生きた八十三年。日本が焼け野原から復興し、豊かになり、また曲がり角に差し掛かるのを見た人生。そして今、田中清太郎として生きている七十五年。江戸の町に生まれ、職人として生き、妻を愛し、子を育てた人生。

二つの人生で、同じものがあった。桜の美しさ。食の豊かさ。家族の温もり。職人の誇り。人と人の縁。そして、日本という土壌への感謝。

これが、日本人というものなのだと、清太郎は思った。時代が変わっても、本質は変わらない。日本人の魂というのは、川と同じで、形を変えながらも流れ続ける何かだ。

川面に、桜の花びらが一枚、流れてきた。
もう春だ、と清太郎は思った。また桜が咲いた。

文政から数えて六十余年。元号は幾たびか変わり、清太郎の最後の春は、嘉永の頃だった。

七十八歳の清太郎は、縁側に座り、庭の桜を見ていた。

庄吉が心配そうに茶を持ってきた。孫たちが庭で遊んでいる。その笑い声が、風に乗って聞こえてくる。清太郎は目を細めた。この賑やかさが、心地よかった。

体は弱っていた。昨年の冬から、起き上がるのに時間がかかるようになった。飯も少ししか食えなくなった。しかし、心は穏やかだった。あるべきことが、あるべき時に来ようとしている。清太郎には、その予感があった。

庄吉が隣に座った。「父上、気分はいかがですか?」

「よい」と清太郎は答えた。「とてもよい」

それは嘘ではなかった。体は弱くても、心は本当に穏やかだった。やるべきことはやった。伝えるべきことは伝えた。愛するべき人を愛した。

桜が一枚、風に舞った。

その夜、清太郎は庄吉と花と平三を枕元に呼んだ。三人の子供が揃うのは久しぶりだった。

「おまえたちに、礼を言いたい」と清太郎は言った。「よい子に育ってくれた。それだけで、父は十分だ」

庄吉は目を赤くした。花は静かに手を握った。平三は合掌した。

清太郎は続けた。「日本に生まれたことを、誇りに思え。この国には、大切なものがある。見えにくいが、確かにある。山の形も、川の流れも、食の味も、人と人の縁も。それを大切にして生きなさい」

三人は黙ってうなずいた。

「お芳に、会いたいな」と清太郎はつぶやいた。「もうすぐ会えるだろう。そしてまた……また、どこかで生まれてくるかもしれない」

平三が驚いたように見た。「父上、それは……」

「冗談ではない」と清太郎は穏やかに言った。「魂というのは、続くものだ。俺は、そう思っている。また日本に生まれてきたい。またこの桜を見たい。またこの飯を食いたい。そう思っている」

その言葉に、三人はしばらく黙っていた。

やがて庄吉が言った。「では父上、またいつか、どこかで会いましょう」
清太郎は微笑んだ。「そうだな。また、会おう」

夜明け前、清太郎は静かに目を閉じた。

意識が遠くなる中で、二つの人生の記憶が走馬灯のように流れた。母の背中、父の手、フミ子の笑顔、義雄の横顔、孫たちの声。そして、弥吉の槌音、つやの味噌汁、半蔵の教え、芳の笑顔、庄吉の仕事ぶり、花の歌声、平三の読経。

二つの人生が、一つの光になっていく。
温かかった。

光の川が見えた。またあの場所に来た。川岸に立ち、清太郎は川面を見た。星が映っている。無数の星が。その一つ一つに、無数の命が宿っているような気がした。

——よく生きた。

また、あの響きが聞こえた。清太郎は答えた。ありがとう、と。二つの人生で出会ったすべての人に。日本というこの国に。この空に。この川に。この桜に。

——また、行くか。

清太郎は迷わなかった。

行きたい。また、日本に生まれたい。また桜を見たい。また味噌汁の匂いで目を覚ましたい。また、愛する人の声を聞きたい。また、誰かの役に立ちたい。また、日本人として、この美しい国を、精一杯に生きたい。

光の川が揺れた。
清太郎の意識は、また渦を巻くように回転し始めた。

温かさが、すべてを包んだ。

── 了 ──





今回の人生で
幸せだったのは

やはり
日本人に生まれたこと

健康であったこと
家族を持てたこと

それに尽きるわけで

どこかで、また
桜が咲いている

川が流れている

誰かが
味噌汁の匂いで
目を覚ます

それが
日本というもの

何度生まれ変わっても
また、ここへ帰ってくる

また、会おう