序章 挿話
ご同輩
もしも
信州を旅するのならば
是非
善光寺に立ち寄って
そろそろ
極楽浄土行きの確約を
頂いて下さいまし。。。
これを
お血脈 なるものを
頂いた瞬間
これまでの人生で行って来た
あれもこれもの悪行が
すべて
そう
すべて リセットされて
いずれ この世を去るときには
必ずや 極楽へと! ってな
それはそれは 結構な 代物
特に
今そこで
うそー! って 笑ってる ご同輩たち
今そこで
やべえ! って慌ててる 諸先輩方
こりゃ
もしや
まさか
ほんま。。。かもよ!
僕は
10年も前に
頂いて来ちゃったもんだから
もう
すっかり その後の生き方を変えて
おとなーしく してる ってなわけだ (笑)
数年前に他界した
最愛のバアちゃんの棺にも
もちろん これを添えたから
今頃
極楽で微笑んでくれてるはずだよね
さあ
これまでの人生
そういえば?
やっぱし? なんて
わずかな不安でも残るのならば
急げ!
急げ!
急げ!
ただーし
これ 善光寺のどこで手に入るのか
意外と わからんからね!
必ず 自力で探すこと!
特に
本堂下の
真っ暗闇の お戒段巡りで
極楽のお錠前を見つけるふりなどして
キャーキャー 言わせながら
女性たちの身体を触った
そこの キミとキミと。。。
キミも。。。
必ず これ
手に入れた方が良いね! (笑)
それでも
どんなことがあっても
絶対に
こちらから行ってはならず
あちらからの お迎えが来るまでは
まだまだ 心身共に健康を保ち
出来るだけ長くこの世にいて
数多く 微笑んでいてね
さあ
確約を頂いたからには
まだまだ 大丈夫
みんなで一緒に
良い年寄りになろう!
第一章
信州路・極楽行きの道しるべ
「おい、そこの若ぇの! それに、さっきから極楽の門前で足踏みしてるような、業の深そうなご同輩方も。ちょっとこの隠居の話を聞いていきな」
江戸は神田、古びた長屋の軒先。
隠居の源さんは、使い込まれた煙管でトントンと灰を落とし、道行く人々を呼び止めた。その目は、悪戯っぽくもあり、どこか慈愛に満ちている。
「お前さんたち、心当たりがあるんだろ? 祭りの人混みに紛れて、綺麗な娘さんの肩にわざとぶつかったり、お戒壇巡りの真っ暗闇をいいことに、お錠前を探すふりをして、前の女の身体に触れてキャーキャー言わせた……そこのあんたとあんた! それに、後ろで知らん顔してるあんたもだ!」
若者たちが図星を突かれて顔を赤らめるのを、源さんはカカカと笑い飛ばした。
「そんな『やべえ!』と思ってる奴らにこそ、とっておきの話がある。今すぐ、信州は善光寺へ向かうこった。そこにはな、『お血脈(おけちみゃく)』という、阿弥陀様と直接結ばれる不思議な御印があるのさ。
これを頂いた瞬間、これまでの人生で積み上げてきた『あれもこれもの悪行』が、一気にリセットされる。
真っ黒だった帳面が、真っさらな白紙に戻るんだ。いずれこの世を去る時には、間違いなく極楽へと招かれるっていう、世にも有り難い確約書だよ」
源さんは遠い目をして、十年前の自分の旅を語り始めた。
「俺もね、十年前の春、日本橋を発ったのさ。
武蔵野の単調な景色を抜け、碓氷峠(うすいとうげ)の急坂を、一歩一歩、脂汗をかきながら登ったもんだ。
道中、浅間山が火を噴く煙を遠くに眺めながら、茶屋で力餅を食い、見ず知らずの旅人と『お互い、悪いことばっかりしてきましたな』なんて笑い合いながら歩いた。
千曲川のせせらぎを聞き、夕暮れに染まる善光寺平が見えた時には、思わず地面に膝をついたよ。江戸から何日もかけて歩き、足の裏は肉刺(まめ)だらけ。だがな、その疲れこそが、自分の汚れた心を削ぎ落としてくれるような気がしたんだ」
源さんは懐から、大切に包まれた一枚の布を取り出した。そこには古びた朱印が押されている。
「これを頂いた瞬間、俺は誓ったのさ。これからはおとなーしく生きよう、とな。
それからというもの、俺の生き方はガラリと変わった。怒るのをやめ、人を慈しみ、仏の源さんなんて呼ばれるようになったってわけだ。
数年前に他界した、俺の最愛の婆さんの棺にもな、これをそっと忍ばせてやった。
あいつは苦労ばっかりかけた俺を、一度も恨まずに旅立っていった。今頃、極楽の蓮の花の上で、『源さん、あんたも早く来なさいよ』って、最高の笑顔で待っててくれてるはずだ」
源さんは身を乗り出し、若者たちの顔を一人一人覗き込んだ。
「いいか、人生にわずかでも不安があるなら、急げ! 信州は遠いが、歩いた分だけ心は軽くなる。
ただし、お血脈が境内のどこで手に入るかは、教えねぇよ。自分の足で稼いで、自力で探し出すのが決まりだ。
そしてな、一番大事なことを言うぜ。
この確約を頂いたからといって、こっちから急いで極楽へ行こうなんて思っちゃいけねぇ。
お迎えの籠が来るまでは、何があっても、しゃきっと背筋を伸ばして、心身ともに健やかに保つことだ。
できるだけ長く、この眩しい世の中にいて、数多くの微笑みを周りに振りまく。
お血脈ってのはな、残された日々を『安心して笑って生きるため』の免状なんだから」
源さんは空を見上げ、満足げに微笑んだ。
「さあ、これで俺たち、まだまだ大丈夫だ。
みんなで一緒に、粋で、優しい、良い年寄りになろうじゃねぇか」
長屋の路地に、穏やかな春の風が吹き抜けていった。源さんの話を聞いていた若者たちは、いつしか清々しい顔をして、それぞれの道へと歩き出していった。その足取りは、どこか信州の山並みを目指しているかのようだった。
第二章
仏の源さん、極楽の風を吹かせる
信州・善光寺から戻った源さんの姿を見て、神田の長屋の連中は皆、ひっくり返るほど驚きました。
それまでは、喧嘩っ早くて口が悪く、気に入らねぇことがありゃすぐに拳が飛んでくるような「カミナリ親父」だったのが、まるで春の陽だまりのような顔をして帰ってきたからです。
源さんの懐には、大切に布で包まれた「お血脈」の御印。
「俺ぁもう、極楽行きの切符を手に入れたからな。あくせくしても、怒鳴り散らしても、極楽の蓮の池が濁るだけよ」
そう言って、源さんの「生き仏」としての毎日が始まりました。
井戸端の審判
ある朝、長屋の若い女房たちが井戸端で、隣の家の不器用な嫁の愚痴を言い合っていました。
以前の源さんなら「うるせえ! 朝っぱらからガタガタ抜かすな!」と一喝していたところですが、今の源さんは違います。
「おや、ご同輩。そんなに角を立てちゃあ、極楽までの道がデコボコになっちまうぜ。嫁さんだって、一生懸命生きてる。あいつが微笑めば、長屋全体が明るくなる。そう思って、今日は一つ、美味しい漬物でも分けてやりなよ」
源さんの穏やかな声に、女房たちは毒気を抜かれ、顔を見合わせて苦笑い。「源さんに言われちゃあ、仕方ないね」と、その日の井戸端は不思議と穏やかな空気に包まれました。
真っ暗闇の導き
ある晩、例の「お戒壇巡り」で悪さをした若者が、青い顔をして源さんのもとを訪ねてきました。
「源さん、俺、あの時のことが忘れられねぇんだ。夢にまで阿弥陀様が出てくるようで……」
源さんは、優しく若者の肩を叩きました。
「いいかい。お前さんがしたことは、確かにお天道様の下じゃあ褒められたもんじゃねぇ。だがな、お前さんが今、こうして後悔しているってことは、もう心の中に『善光寺の真っ暗闇』を抱えて、お錠前を探し当てたってことよ。
これからは、その手を、誰かを守るために使いな。それが、お前さんのお血脈だ」
若者は涙を流して頷き、それからは長屋の重い荷物運びを率先して引き受ける、頼もしい男へと変わっていきました。
婆さんへの手紙
源さんは、暇さえあれば、亡き婆さんの位牌の前に座って話しかけました。
「おい、婆さん。俺ぁ今日、長屋のガキ共に飴を買ってやったよ。あいつらの笑顔を見てたら、お前の笑い顔を思い出してな。……俺が行くまで、向こうの茶屋で待っててくれよ。お血脈があるから、迷わずに行けるはずだ」
源さんの生き様は、ただ「おとなしく」なったのではありません。
「いつかお迎えが来る」ことを確信しているからこそ、今この瞬間を、誰かのために、自分の喜びのために、目いっぱい楽しんで生きるようになったのです。
大往生
それからさらに数年が経った、ある穏やかな秋の日の昼下がり。
縁側でうとうとしていた源さんは、ふと目を開けました。空には見たこともないような黄金色の雲が流れ、遠くから微かに、信州で聞いたような鐘の音が聞こえてきた気がしました。
「ああ、お迎えが来たようだ……」
源さんは慌てることなく、身なりを整え、大切にしていた「お血脈」を胸に抱きました。
駆けつけた長屋の連中に、源さんは最高の笑顔を見せて、最後の一言を残しました。
「いいか、みんな。あっちで待ってるぜ。……だから、それまでうんと笑って、いい年寄りになれよ!」
源さんが旅立った後、長屋には悲しみよりも、どこか清々しい風が吹いていました。
彼が残した「お血脈」の話と、その穏やかな背中は、江戸の町で語り継がれ、今も誰かの心を温め続けているのです。
第三章
善光寺・お血脈リセット珍道中
「源さんの旦那がああまで言うんだ、間違いねぇ。俺たちの真っ黒な帳面を、真っ白にしてこようじゃねぇか!」
そう言い出したのは、喧嘩っ早くて有名な大工の熊。それに、口八丁で女を泣かせてばかりの遊び人・新次、さらに「お戒壇巡り」で悪い手つきをしたと源さんに睨まれた八五郎の三人組です。
彼らは「極楽浄土へのパスポート」を手に入れるべく、草鞋を新調し、日本橋を勇ましく発ちました。
最初の難関:煩悩だらけの道中
旅の始まりこそ威勢が良かったものの、そこは「修行」とは程遠い面々。
「おい熊、あの茶屋の看板娘、お血脈をもらう前の『最後の悪行』として、ちょっと口説いていかねぇか?」
「馬鹿野郎、新次! 源さんにバレたら、極楽の門前で追い返されるぞ」
「……と言いつつ、お前、さっきから茶屋の団子を二つ余分に食って、しらばっくれてねぇか?」
碓氷峠(うすいとうげ)に差し掛かる頃には、足の痛みと空腹で、善光寺へ行く情熱よりも「江戸に帰りてぇ」という泣き言が勝り始めます。
軽井沢の夜:化かし合い
軽井沢の宿で、三人は不思議な老人に出会いました。
「善光寺へ行くのかい? だがな、『お血脈』は心から悔い改めた者にしか見えねぇ場所にあるんだよ」
その言葉に、八五郎が真っ青になります。
「俺、実は昨日、道端のお地蔵さんの傘を勝手に借りちまった……」
「俺は新次の弁当の卵焼きを盗み食いした!」
「お前ら! そんなんじゃ極楽どころか、地獄の釜茹でだ!」
夜通し「懺悔大会」が始まり、互いの小悪党ぶりを暴露し合っては喧嘩になり、結局「お互い様だ」と肩を組んで泣き笑い。源さんの言う「自分の足で稼ぐ」ことの厳しさを、身をもって知ることになります。
善光寺平:光の向こう側
旅に出て十日余り。ついに、眼下に広がる善光寺平が見えました。
「見ろよ……あそこだ、あそこに阿弥陀様がいらっしゃるんだ」
ボロボロになった草鞋、真っ黒に日焼けした顔、そして何より、江戸を発った時のようなトゲトゲした空気が消え、三人の顔には不思議な一体感が生まれていました。
運命のお戒壇巡り
善光寺に辿り着いた三人は、まず例の「お戒壇巡り」へと向かいました。
真っ暗闇。一寸先も見えない恐怖の中で、八五郎が呟きます。
「……おい、新次。俺、もう女の人の身体に触るなんて思わねぇよ。この暗闇にいたら、誰かが隣にいてくれるだけで、こんなに有り難いんだってわかったよ」
「ああ、俺もだ。江戸に戻ったら、泣かせたお光に謝りに行くぜ」
暗闇の中で、三人は手探りでお互いの絆を確かめ合い、ついに「極楽のお錠前」に触れることができました。
その瞬間、彼らの心から、重い荷物がふっと消えていったのです。
結末:江戸へ帰る「新しい男たち」
「お血脈」を無事に授かり、意気揚々と江戸へ戻ってきた三人。
源さんは、長屋の入り口で煙管をくゆらせながら待っていました。
「おや、いいツラ構えになって帰ってきたじゃねぇか」
「源さん! 頂いてきましたよ、お血脈! でもね、一番の収穫は、道中であいつらと分け合ったおにぎりの味と、お戒壇巡りで握り合った、こいつらのゴツゴツした手の温もりでしたよ」
熊がそう言うと、新次も八五郎も照れくさそうに笑いました。
源さんは満足げに頷き、こう言いました。
「そうか。それがお前さんたちの『リセット』だ。これからは、その温もりを忘れるんじゃねぇぞ」
それからの三人は、長屋でも評判の「いい若衆」になりました。
相変わらず失敗もするし、時々喧嘩もしますが、その度に「おい、お血脈を汚すんじゃねぇぞ!」と声を掛け合い、笑って支え合うようになったのです。
江戸の「ならず者」たちが、長い旅路を経て「情」を知る……そんな素敵な珍道中になりました。
終章
江戸の三福神、長屋に極楽の風を吹かせる
神田の長屋に戻ってきた熊、新次、八五郎の顔つきは、旅立つ前とはまるで別人のようでした。
トゲトゲした空気が消え、どこか晴れやかで、互いを思いやる優しさが滲み出ていたのです。
彼らの懐には、大切に布で包まれた「お血脈」の御印。
「俺たちはもう、阿弥陀様に確約を頂いたんだ。汚れた帳面は真っ白。これからは、その白い帳面に、いいことばっかり書き込んでいくのさ」
源さんは、そんな彼らを遠くから眺めながら、満足げに煙管をくゆらせていました。
熊の「情」のハンマー
大工の熊は、喧嘩っ早さを封印し、その腕前を「誰かのため」に使うようになりました。
長屋の雨漏りを率先して直し、お年寄りの家の戸障子を無償で繕う。
「熊さん、悪いねぇ、いつも」
「水臭ぇこと言うなよ、お婆ちゃん。俺のこの手はな、以前は人を殴るためだけにあったが、善光寺の真っ暗闇で八五郎の手を握った時に気づいたんだ。この手は、誰かを支え、温もりを伝えるためにあるんだってな。……だから、遠慮なく使いな」
熊の叩くハンマーの音は、以前よりもずっと優しく、長屋中に響き渡りました。
新次の「愛」のポマード
遊び人の新次は、女を泣かせるのをやめ、その口八丁を「人を笑顔にするため」に使うようになりました。
彼は真っ先に、泣かせてばかりいた恋人・お光のもとを訪ねました。
「お光、ごめん。俺、最低だった。……善光寺への道中、独りぼっちで歩いてた時、お前の笑顔がどれだけ俺を支えてくれてたか、やっとわかったんだ。これからは、お前を世界一幸せな女にする。……信じてくれ」
新次の真摯な言葉にお光は涙を流し、二人は晴れて夫婦に。新次は髪をビシッと決め、真面目に働き出し、お光を大切にする「理想の夫」へと変わっていきました。
八五郎の「手」のぬくもり
「お戒壇巡り」で悪い手つきをしたと睨まれた八五郎は、その手を「誰かを守るため」に使うようになりました。
長屋の子供たちが喧嘩をしていれば、優しく間に入り、それぞれの頭を撫でて諭す。
「いいか、喧嘩はダメだ。お前たちのその小さな手はな、いつか誰かを助け、誰かと手を繋ぐためのもんだ。……善光寺の暗闇で、俺たちが握り合ったみたいにな」
八五郎の周りにはいつも子供たちの笑顔があふれ、彼は長屋の「人気者」になりました。
大往生へのカウントダウン
それから数十年。
三人は、源さんの言葉通り、「粋で、優しい、良い年寄り」になりました。
相変わらず失敗もするし、時々喧嘩もしますが、その度に「おい、お血脈を汚すんじゃねぇぞ!」と声を掛け合い、笑って支え合う。彼らの生き様は、江戸の町で「三福神」とまで慕われるようになったのです。
そして、ある穏やかな秋の日の昼下がり。
三人は長屋の軒先で、かつての源さんのように、煙管をくゆらせながら空を見上げていました。
「おい、熊、新次。……そろそろ、阿弥陀様がお迎えに来る頃かねぇ」
「ああ、そうかもな。お血脈があるから、迷わずに行けるはずだ」
「向こうに行ったら、まず源さんに謝らねぇとな。……
道中、団子を余分に食ったこと」
三人は顔を見合わせ、最高の笑顔で笑い合いました。
「いいか、みんな。あっちで待ってるぜ。……だから、それまでうんと笑って、いい年寄りになれよ!」
彼らが旅立った後、江戸の町には悲しみよりも、どこか清々しい風が吹いていました。
彼らが残した「お血脈」の話と、その穏やかな背中は、今も誰かの心を温め続けているのです。
完



