毎年
この時期に聴きたくなるのは
森山直太朗さんの反戦歌
夏の終わりで
この国の言葉の美しさを
改めて知らされたかのようで
浮かぶその情景に
身震いなどするわけです
特に
8月27日の
おばあちゃんの命日が
そこへと絡み
更に
僕の中で深みを増して
あの頃って風景が滲み始め
涙が止まらなくなるのです
改めて
日本人に生まれて良かった なんて
そんな想いの中
ひとり黄昏れてはみても
何も手立てはなく
キナ臭くなって来た今
未来を案じながら…
夏の終わり と言えば
僕の中では
もう1曲ありまして
それは
キャロルのもので
今でも
矢沢永吉さんは
時折 ライブで歌ってまして
その歌声に
一瞬で連れ戻される風景は
やはり
あの頃って頃で
未来を思うことなく
若さも
命も
永遠だと
いや
そんなことすら思わず
その時を楽しんでいた若さの頃で
キャロルもまた
ギリギリ間に合った世代で
中学の頃
斜に構えた先輩たちに
連れ出された野音で
あの キャロルの
ラストライブの場で
ひとり彷徨っていた小僧は
厄介そうな連中ばかりの客席で
買って貰ったばかりの革ジャンが
雨に打たれてしまい
静かにしていたことを思い出す
そんな日から
長い時が過ぎて
斜に構えていた先輩たちは
太く短く生きてしまい
ならば
僕が先輩たちの分までと
最後まで見届けねばと
毎年
年末の武道館へと足を運び
永ちゃーん! と
叫んでいるのです
昨今の
終わらない夏は
そんな想いすらも呑み込んで
はてさて
あとどのくらい? なんて
いつか行き止まる場所を
ひとり 模索しながら…

