昨年末に
息子が家を出て
半年が過ぎた

35年ぶりに
カミさんとの2人暮らしに戻り
静けさというよりも
寂しさでもなく

また
あの頃の空気感でもない



孫たちが出来て

転勤族も近くに戻ったせいか
おかげで
楽しんでいるのはカミさんで

時間あらば
あれこれと手伝いに
出掛けてもいる

孫ってもんは
とにかく可愛いもので
一切 意見を述べず
可愛い! 可愛い!
だけで接してみれば

孫たちもまた
微笑んで寄って来てくれて
きっと
良い
ジイちゃんと
バアちゃんの姿なのだろう

さてそれも
子供の成長はあまりにも早く
きっと
わずか10年ほどで
そんな時期を終えるのだろう

すればその次は
なんでも良いから
運動部へと入れて貰い

試合の度に
応援にと出掛けたい



我が子たちの時は
回って来る役員もあり
車出しもありで
試合そのものを楽しむことが
少なかった

それよりも
怪我のリスクばかりが気になり
いつも
行けー! と叫びながらも
心配ばかり

バレーボール
バスケットボール
テニス
サッカー
アメフト と

幼稚園から
大学まで
楽しませて貰った

おかげで
長女が中学へと入ってからは
その
ほとんど休みのない
バレーボール部の為
家族旅行の記憶がない

それは
その後 順に増えて
カミさんは 長女の試合へ
僕は 次女の試合へ
その後
息子の試合で合流みたいな

そんな毎週末となり
慌ただしさと
楽しさと
重なった試合時間との
調整ばかり

そんな頃も
10年前に終わり
なんだか
張り合いもなく

ならば
次は
孫たちかと
わずかに期待などしてみれば

体操クラブに
スイミングにと
少しづつ始まったそれに
微笑んでいる昨今

僕のDNAから
どこまで行けるのかと
旦那側の
更に可能性の高いDNAに

ほんの少しだけ
未来予想を被せてみれば

JAPANのユニホーム姿を
ひとり
勝手に想像などして

それは
最短でも12年後かあ なんて

ならば
長生きせねばと
気遣い始めたわけだ…



時間の経つ
過ぎる速さは
益々 増して

もう戻らないあの頃を
振り返るばかり

思い出はあまりにも多いはずが
そのほとんどを
忘れてしまった

でも
それで良いのだろう



いくつかの
ここに残った記憶は
更に美化されて
もう
どれが本当だったかすら
分からなくもなった

でも
それが幸せな記憶ならば
きっと1番良いはずで

それはいずれ
本当の記憶と化すのかもしれない