昨日
おじいちゃんの命日で
実家の墓参へと立ち寄れば
その山門の横の掲示板には
いつもの住職のひと言があり
今回は
生々流転…
ここの住職は
今
京都の本山で1番偉い立場らしく
日常を息子さんに任せて
ほとんどを京都で過ごしている
時折 戻っては
こうして手書きで書き添えて
そこへと言葉を残す
親父の2つ年下で
親父と会えば
先輩先輩と
いつも笑顔で腰が低い
そうだ
数年前に亡くなった
親父の妹 オバさんと同級生だと
微笑んでいたっけ
後継の息子さんは
従兄弟と同級生だから
結構
我が家とも近い
いつか
その京都の本山へと
ご挨拶に
出掛けようかと思ってみるが
なかなか
敷居の高そうな場所
迷惑になりそうなので
足が遠野いている
さて
生々流転
諸行無常
輪廻転生
そんな言葉と同義語のようだが
特にこれは
仏教の中での言葉なのだろう
今
僕の身体を形成しているものは
いずれここから離れ
別の姿となり
また世の中へと戻る
そんなことの繰り返しを思えば
すべては地球そのもので
太陽の光を浴びて
偶然 動き出しただけのもの
この身体
昨日は
カレーライスだった
今朝は
目玉焼きだった
そして次に
この身体から出たものは
明日は虫となり
明後日は花にも
移り変わるかもしれない
そんなことなのだろう


