朝 目覚めたら
あの日に戻っていると良いなあと
そう思うことがある

あの日とは
どの日なのかと
選ぶならば

今はやはり
家族を持った日かとも思う

すれば
ちょうど
末の息子が生まれた頃が良い

家族が揃って
親たちも若く

さあ
これからスタートだ! みたいな

気が付けば
そんな日から
倍もの時間が過ぎて

無事に生きたことは
選択を間違ってなかったと
微笑んでみるが

どこかで
細かく枝分かれした道を
正解とは違う側へと来てしまったような

もちろん
正解なんてないのだろうけれど
今もこうして
刻々と流れる時間の中で
振り返ることばかりになったのは

寂しさなのか
後悔なのか
失った友への追悼なのか

分からないまま
この道で歩んでいる



昨日は
クリスマスというのに
3ヶ所もの墓参

お世話になった方の
1日遅れの命日と

これまた
お世話になった
とある会社の社長の誕生日

そう
あの頃
クリスマスイヴだというのに
その会社は毎年
そこでの忘年会を開き

なんでよ? なんて思っていたら
社長の誕生日だそうで

なるほどとはいえ
なんだかなあと思いながら
出席してた記憶


そこには

2代目になるはずだった

社長の息子もまた眠っていて

なんでよ? って手を合わす


すれば
その目と鼻の先には
あの 三波伸介さんも眠っていて
これまた
半月ほど遅れた命日



それらで手を合わせ
勝手にわずかを呟けば
言葉は戻らずとも
玉響は浮遊する

それはきっと
聞こえてるよ って
合図なのかと
微笑んでみるが
分からない

こうして
見えなかったものが
見え出したこともまた

生かされてる証なのかもしれないと
勝手に思ったならば
忘れ去られてしまう前にと

覚えていた者が
出掛けられる立場ならばでと
来年の手帳にも
また書き写す

いつの頃からか
それは
青いペンで記すようになり
手帳を開くと
青い文字ばかり

月に1度は
週に1度にも増えて
花か
酒かと
選びながら
香りの良い線香を供える

すでに
僕だけかも? なんて墓前もあり

すれば
この命
もしや
彼らに生かされてるかも? とすら
思うこともある



さて
本日は
メリークリスマス

多くを忘れて
孫たちと
遊んで来よう