20歳の頃
夜中に腹痛を我慢してしまい
翌朝
動けず 救急車

担ぎ込まれた病院で
緊急手術となり

それから2週間
ベッドの上で
上を向いたまま
食事も出来ず
点滴だけで生きた

そう
盲腸を破裂させて
腹には穴を開け
管を通し
膿を出す処置

4人部屋の反対側には
おじいちゃんがいて
大丈夫かい? なんて
いつも話し掛けてくれた

大丈夫なはずはないけれど
大丈夫ですと答えた若造

2週間
やっとのことで我慢すると
腹の管は取れて
寝返りをうてるようになった

食事もやっとこさ
重湯から

そんな頃
お先に! って
おじいちゃんは退院して行った

付き添ったおばあちゃんも
微笑んで
お元気でね と…

その後
1週間して
僕もまた退院して
授業に復帰出来た

単位不足に慌てていたけど
ちょいと諦め加減な僕を
仲間たちが救ってくれた

これで
なんとかなったかなと
思った頃

そうだ
おじいちゃん家へ
ご挨拶にと

お聞きしていた住所を辿って
こんちは! って

すると
おばあちゃんが出て

あら!

おじいちゃんは?

ごめんなさい
おじいちゃん
間に合わなかったのよ

えー!
うそー!

そんなことが
現実には起こる

そんな日から
40数年

僕のその縫った手術跡は
内側が剥がれ始めたらしく
腹壁瘢痕ヘルニアと診断され
全身麻酔による要手術だそうだ

それは
今でも良いし
悪化した頃でも良いし
さほど変わらなければ
生涯このままでも良いそうだ

そんな診断を聞き
先延ばししているわけだけれど…


キミも もう還暦を越したのか
あと10年もすれば
私の齢だな

これからが
大事だぞ

仕方なくも
身体の解毒が効かなくなる

すべては 食べ物だ!

今 食べた物が
キミのその身体となる

だから
正しく選ばねばならない

良い物を食べれば
健康となる

悪い物を食べれば
病となる

妥協してはならない
必ず
口にする前に
確認するように

このくらいは良いだろう? は
ダメだ!

添加物
化学肥料

農薬
加工肉
酒…

おじいちゃんは?

私は
それで失敗した

そうそう
キミには
頼みがあってな

私もまた
浪士組の子孫だと分かっていた

それが
まさか キミもだとはな

それを知ってから
キミに着いていた
そう
善次郎さんと一緒にね

新徳寺は
ありがとう
150年ぶりの公開だったこと
良くぞ間に合ってくれた

それから
旧中山道を辿る旅
わずかづつ 京都へ近づいているね

岐阜へ入った頃
ちょいと頼みがある

それは?

それは
その時また
伝えるから…



そんな夢は
これで2度

そしてまた
ここで目が覚める

そういえば
善次郎もまた
いつかの夢で
岐阜へ行け! と…

少しづつ辿ってみている
旧中山道の宿場町
来年は
いよいよ
岐阜へと入る

何があるのだろうか?
健康に関することかな?

楽しみが増えた


不思議かな
すでに表情は思い出せないのに
間違いなく
あの おじいちゃんなんだよなあ