真夜中に目を開けると
目の前には
左から右へと
流れるものたちが見えて

それはもしや
氣の流れかと
なんとなく思ってもみる

オーブたちの流れと違うのは
キラキラと光っていないことで
その流れは速く
無数の何かが
目の前を流れていく

見えなかったものが
見え始めたのは
きっと
オーブの存在を認識し
世の中を丁寧に見始めたから
なのだろう



見落としていた
あれこれを
前向きに接することで

重なって存在する空間が
ここにあることを認識し
当然のように眺めたならば

彼らは突然
こちらをも認識したようで
足速に動きながらも
僕の身体に衝突せず
避けながら流れている

もちろん
怖さなど一切なく
益々 面白くなって来たと
微笑みながら
次はどんなかと
次の場面を楽しみ始めた












さて
日本語というのは
やはり
とても綺麗な言葉で
もっと大切にせねばと思う

言霊と言い
言葉には魂が宿るとされ


口にした言葉へと
自らは
向かうこととなるそうで

ネガティブな言葉ではなく
ポジティブな言葉で
いつも前向きにと
心掛けてはいるが

つい
後ろ向きな言葉を吐くこともあり
それは
その瞬間
自分のものではなくなり
世の中を駆け巡り
いずれ自分へと舞い戻ると…


それは
もちろん
文字にも宿り
文字魂と言うそうで

それには
簡素化されたものではなく
旧漢字のものでと言われるわけで

特に
姓名判断などでは
そちらの字画をと聞くから

やはり
大切にされて来たものなのだろう

ならば
その1番上にある
気は 氣と
表現したならば
きっと何かが変わるのだろう


本当のことは
もちろん分からないが
〆ではなく
米と表現したことに
日本人たる
思いの深さもあったはずで

もしかすると
今後
気ではなく
氣を使い始めたならば
生き方もまた
変わるのかもしれないと…