お隣りの戸建ての借家のご夫婦
ここに越して来て
もう何年になるのだろう

いつの頃からか
旦那さまが体調を崩して
生活保護とのこと

そんなことは
知らぬ存ぜぬなフリして
多く頂いた野菜などを
そっと奥さまに差し上げて来た

つい先日までは
その旦那さまも自転車に乗って
出掛けていたので
そろそろ具合も宜しいのかと
なんとなく思っていたが

今年に入り
姿を見掛けなくなって
どうしたのか? と心配しながらも
わざわざ
それを訊くのもヤボかと思い
そっとしておいた今日

黒服の方々がいて
もしやと思い尋ねると
1週間前だったそうで
本日 葬儀を終えたと

あぁ
またしても遅かった!

こんなことなら
やはり尋ねておくべきだった

昨今
そんな後悔ばかり

更には
68歳だったそうで
その切なさと
無念さとが
涙と共に染み渡る



ここへ越して来て30数年
お隣りには
昔風の戸建ての借家が
3件並んであり
その1番手前のお宅

そこには当時
年配のご夫婦がお住まいで
時と共に越して

その後
娘の同級生のご家族が
離婚を気に
わずかな間お住まいになり

次には
年配のご夫婦が入り
ある日
その旦那さんが庭で倒れていて
救急車を呼んだのが僕で
それっきり…



次は
そこそこ痛んでしまった家は
しばらくの間
倉庫変わりとして貸し出され

その次に
わずかにリフォームされ
今のご夫婦が入った

大工の職人だそうで
多くの道具が並んでいたけれど
体調を崩したとかで
今に至るわけで…

わずか30数年
世の中の動きは
益々 加速して進み
振り返ることばかりの今日

ご冥福をと祈るしか出来ない
寂しさを感じながら…


そんなことを振り返ると
その戸建ての借家の真ん中には
当時 ヤクザ風のオヤジさんがいて

いつもその
舎弟のような連中が
うろうろしていた

ある日
旦那さん 旦那さんと
どこから共なく声がして

振り返ると
そのオヤジさんが倒れていた

どうしました? と駆け寄ると
身体を壊しまして
立ち上がれんのですよと

それはそれはと
そのコワモテのオヤジさんを担ぎ
部屋まで戻すと

チラリと袖口から見えた
大きな柄の刺青

はっ! とすると
気が付いたらしく

これは若気の至り
生涯背負って行かねばならぬもの
旦那さんたちは
付けてはいかんですぞと微笑んだ

その日から
なんだか関係は近くなって
笑顔で挨拶する仲となったある日

救急車がやって来て
それっきり…

その後
娘の同級生の家族が入り
3人目の息子を産んで間もなく
近くの住宅を買い越して行った

でもその奥さま
一昨年
52の若さで他界し
時の重さを噛み締めてみる

次に入ったのは
新聞屋さんに勤める男性で
毎朝 早朝から
バイクで出掛けていた

保護犬を数匹飼い
いつも
その散歩でご挨拶していたけれど

その保護犬たちも去り
更には
自分も定年したらしく
今はひとりひっそり住んでいる



1番奥の借家は
当時空き家となっていて
ならば
ニートでブラブラしていた従兄弟を
ちょと仕事を手伝ってくれと
住まわせた

その後
大工さん夫婦が入り
自分たちで
綺麗にリフォームなどして
長いこといたけれど
自宅を建て越して行った

次に入った方は
やはり職人らしく
庭に大きな物置を建て
資材が沢山入って

また
訳ありそうな女性に
多くの若い職人たちが
うろうろしているから
幸せなのだろう



昨今
戸建て平屋の借家が減り
綺麗なアパートばかり

それでも
たっぷりの庭があり
お隣さんと離れた戸建ては
まだまだ需要があるようで

出ればすぐに
次の方が入る

その3軒の
30数年を見て来た僕は
過ぎ去った時間と
かつてそこにいたはずの方々とを
時折こうして思い出しては

忘れ掛けたあの頃を
再認識しながら
今を生きている

その頃の多くの方々に
今まだ言葉が伝わるのならば
やはり
ありがとう なのだろう



いつか来た道
いずれ行く道

人生は
思ったよりも短いらしい