遠く昔の彼女が夢に現れて
さよなら って微笑む

何かあったのかと
心をよぎる

まさか! と思ってみても
何の術もない



しばらく会ってない友達が
夢に現れると
どうかしたのかと
連絡をしてみる

そこで
何事もないことが分かると
安心などして
微笑んでみる

ところが
もう会えない
連絡も取れない
そんな
昔の彼女だったならば

もしや?
まさか?
でも今更… なんて思いながらも
気になってしまう

それが笑顔だったならば
なんてことなく過ぎるけれど
寂しそうだったならば
今更なのに
想いもまたつのることとなる



夢は
現実の中では
訳あって会えない方々の心を
伝えることがあると言う

そう
夢は通い道と言われ

強い願いをそっと
届けることがあると言う

うそだよ! って思うならば
それで良し

でも
でも
そんなわずかな糸をも
手繰りたい時もある



時折
占い師たちは
通常から離れた言葉をも吐くそうだ

それはまるで
恐山のイタコのように
霊が舞い降りて
言葉を代弁するかのように

僕は占いを信じない
特に
毎朝のテレビでの
何座の方は… なんてことは
皆 同じはずなどなく

きっと気まぐれで
決めてることだと
勝手に解釈などして
見ることもない

更には
おみくじもまた然り
なんて笑いながらも
初詣の日だけはと引いてみる

結果はいつも同じ
大吉など出たことはなく
大凶も凶もない

大抵は
小吉や中吉となり
普通だな なんて笑い
その年 財布に仕舞い込む

ところが
噂では
浅草の浅草寺のおみくじは
その大半が凶らしい

それは何を意図するのか
まさか
ならば
もっと手を合わせに来い! 
と言うのか?

しかし
毎年の浅草寺でのおみくじで
凶が出たことはない

ならば
この小吉ですら
結構な吉なのかと
喜んでしまうから

これもまた
仕組まれたことなのかもしれない

とにかく
偶然引いたそれは
何の意図をも持ってはおらず

あくまでも
たまたま…

本当はきっと
生涯見えないけれども
すべては
やはり 運なのだろう

そしてその運とやらは
多くの徳を積んでこそ
やって来るのだろう