あけおめ
ことよろ なんて言葉も
もう言われなくもなり

令和ももう6年だそうで


令和の初日に入籍した娘たちも

もう

3人目を身籠もっている

わずか1晩寝て起きただけの今日
なのに年は変わり
2024年1月1日となり
気持ちはフリダシに戻って
さあ 今年は! と思うのは
日本人だけの気質

そう
忘年会なる
呑み会などをして
酔って騒いで
嫌だったことを忘れ去る習慣

ならばそれも良し! と思い
逆に呑み過ぎて痛い目になんて
そんな頃はとうに過ぎて

紅白すら観ずに
さっさと寝てしまう昨今

いつものペースを崩さないようにと
早寝早起きなわけが
この孫たちとの5週間

仕方なくもそのペースはズレて
それでも早起きせねば
準備が間に合わずなわけだから
ちょいと寝不足気味な身体

自分の時間はほぼ無くなり
テレビは常に子供番組が流れ
好きなNFLすら遠ざかり
寄席も温泉も山も河も…
すべてを我慢などして
全力で加勢してみる娘の第三子

それもまた
数年も経てば
楽しかった思い出として残り
笑って話しているのだろう

その頃には
いや
その前にも
次の試練とばかりに

次の孫と
その次の孫と
そのまた次の… なんて
順を追って来るのかもしれないけれど

ならば僕らの体力がある内に
出来ることのすべてをと
次の世代へと繋げることが
残った時間の中では
トップに来るのだろう

そして
わずかでも多くの僕のDNAが
世の中に残り
また広まって

その誰かが
何かを
成し遂げてくれたならばとも
願ってもみる

そう
大袈裟に願えば
大谷のように

八村のように…   なんて

そしてもしも
左利きだったならば
野球かな
ピッチャーだな なんて

サッカーのセンターバックで

そこそこまで行ったそうな
背の高い旦那さまに
そっと話してみたけれども

どうやら
1歳の孫息子は右利きなようで
やっぱり
サッカーかな 笑

夢は大きく!
あけましておめでとう!



あの頃
息子には
野球をやらせたかったんですよ

ボールを投げさせたら

そこそこ出来て
肩が強そうだったからね

でも
幼稚園生の時
我が家の目の前の駐車場が
フットサルコートに変わって
そこで練習してたクラブチームに
勝手に潜り込んでしまい

本当は小学生からだけれど
目の前だから良いよ なんてコーチに言われ
それからサッカーとなった

その後
小中と
そのクラブチームでお世話なり

高校でももちろんと
サッカーの強い高校へと入ると
そこは私立で
全国から集めて来た連中ばかりの
200人もの部員となり
なんと10軍まであって

こりゃ無理! と諦めてたところ
アメフト部からの優しい誘いで
入ってみると
そこが1番キツい部活だった 笑

でも
そこを耐えたおかげで
大学から呼ばれ
アホでも大学へと行けたから
結果良し 笑

でも
幼稚園から一緒だった
近所の子は野球を続けて
サードで4番で
甲子園で優勝したから
そっちも良かったかな なんて…

人生は分からんね…