文久3年
浪士たちが
何日も掛けて出掛けた場所へ
今
わずかな時間で出掛け
スピードは速まり
時間は短縮され
便利なような
不便なような
やっぱり便利なような
しかし
その便利さと引き換えに
失ったものも多く
そこへの道中
目に映るはず風景や
携わるはずの方々とは
関わることなく過ぎてしまう
江戸からならば
一生に1度だったはずの
お伊勢参りも
1泊もすれば出来る時代
京都へも
日帰りだなんて
陸路ですら2時間30分
飛べば最短距離を
時速800キロで
わずか40分の大坂
歩くしかなかった頃には
こんな世の中など
思いもしなかったはずで
わずか160年で
すべての価値観までもが
変わってしまった
刀は銃となり
火は電気となり
馬は車となった
昨年
突然 現れた先祖 善次郎は
今を見たら何と言うのだろう
中山道沿いの
その足跡を追い
かつてそこに居たはずの
その姿を想像しながら
手を合わし身震いなどするこの子孫
特に
先日 偶然通り掛かった
山深い宿場町には
当時の物が今まだ多く残り
バイパスが出来たが為に
人影の無くなった旧中山道を
侍の気分で歩いてもみると
背中越しに追い風は吹いて
そのまま真っ直ぐにと
道案内されてるかのような
すると
これまた不思議にも
左手には
お爺ちゃんの名前の店跡が現れた
鐵五郎
まさか
善次郎はこれを教えたかったのかと
思ってみるのは
僕の勝手な解釈で
そんなわずかなことが
なんだか
1つ1つ
課題を解いて行くかのような
楽しみにも変わって来た今日
江戸から49里
旧中山道最大の難所と言われた
和田峠 手前の宿場町
そんな
飛び石のような場所場所は
いずれきっと
線で結ばれて
なるほど!
これだったのか! と
思う日が来るのかもしれない
残念ながら
その時間は有限で
軽くなって来たそれを
おおよそに数えてもみるが
ならばやはり
先を急がねばならない
還暦を越したこと
バイクを降りたこと
ぱふを失ったこと
それらのすべてが
繋がっているようで
さて
また160年が過ぎた頃
あまりにも具体的に
姿形 声までもが残る僕らは
神にも仏にもなれず
子孫たちは何を思うのだろう
そしてその時
世の中はきっと
今 想像も出来ないほどに
変わっているのだろう
長い一族の途中の 本家の長男
ただの繋ぎ役であったとしても
それはそれで 良し…






