60年も生きて来ると
身近に居た多くの姿が
少しづつ消えて来た

老いも若きも
年齢に関係なく
順番などなく

その都度
それは悲しく涙して来た

そして
それはまだまだ
僕のその日まで続くのだろう

浮かぶ言葉は
いつも同じで

もっと…
すれば良かった なんて
後悔ばかり

ならば
今出来ることのすべてをと
いつも思っているけれど

ある日突然

まさか! って
何の前触れもなく
落ちてしまうことがある

僕には
あとどのくらいの時間が… などと
時折
おおよそを数えてもみるが

もしかすると
わずかながら
何者かに守られてもいて

先に遭遇するはずの危険から
ほんの一瞬だけ
タイミングをズラして
くれてるかのような

そんな
まるで
まだまだ も少しと
生かされてるかのような
空気感に包まれているようで

あっ! これはもしや?
なんて感じた瞬間には
手を合わせ感謝してみる

それは
先祖かな
それとも
あいつかな
それとも… なんて思ってみても

浮かぶ表情もなく
ありがとう! とだけ呟く


その守護霊のような方々は
やはり存在しているようで
もしかすると
ぱふもまた
そこへと加勢してくれたのかも…
なんて思うことにした

ならば
ぱふの 82くらいまで
頼んでもみようか


私の死亡記事


一昨年の今頃

私の死亡記事なることを書いたけれど

どうやらそれは

10年も早まってしまったようだ



この世で生かされてるということは

それはもしかすると

向こう側でも

まだまだ要らないってことかもで


もっと

現世で修行しなさい! って

ことなのかもしれないけれど…