大学生の遊びが
波乗りと
スキーだった頃

冬の声を聞くと
一刻も早くと急ぎ足
オープンの日のスキー場を目指した

1番早かったのは
アサマ2000で
人工雪を撒き
固まったアイスバーンでも
皆 笑顔となれた

毎週毎週
新たなスキー場探し
近場の大半を滑ってしまうと
やはり
大きなスキー場ばかりを
目指すようになり

苗場
上越国際
かぐらみつまた
安比
八方
そして
志賀高原となった




特に
志賀高原とやらは
やたらデカく
1日ではとても周り切れない

1日で全ての
リフトを制覇すると
賞品が出たくらい

もちろん
それにもチャレンジしたが
1つ乗り間違えて
時間内に戻れなくなった





特に
奥志賀 焼額が好きで
昨今では
高速を飛ばし
日帰りまで出来る

大晦日に
ジャイアントでコッパ微塵
病院に担ぎ込まれたのもまた
今では記憶に残る笑い話

あの頃は
5月の連休まで
年に30日は滑ってたから
バカな凝り性なのだろう



僕らのブームの中
まさにリアルタイムで来た
私をスキーに連れてって

志賀草津ルートがあるそうだと
仲間たちと大騒ぎもした

有り難いことに
多くの仲間たちに恵まれて
楽しい若さだったと思う

朝からナイターまで
休みなく滑った頃はとうに過ぎ

昨今では
数本も滑れば
もう満足
怪我しない内にと
お茶に入ったまま終える1日



身の危険を感じたことは
1度だけ
八方の頂上で吹雪かれ
マイナス18℃
50cm隣りの仲間すら見えない

動かず数分待ったら
なんとか見え始め
命拾いした

コースを離れ
新雪の深雪に潜って
板を無くしたこともある

ワインを呑み過ぎて立てず
リフトで降りたこともある

携帯なんてない時代
みんなで揃えたハンディ無線で
バカ話をしながらのゲレンデ

リフト待ちのタイミングで
若い女性と2人になったあいつへ

おい!
その隣りの娘
可愛いじゃん! なんて
後のリフトから
無線で声を掛けた

その娘が

あいつのカミさん  笑

そう
まさにドラマの中に出てくるような
おバカな若者たち

それが今

還暦を越え
ジイちゃん
バアちゃんと呼ばれ
家族最優先で微笑んでいる

もう2度と来ない
記憶の中の風景

若者たちよ
家で燻ってないで
外遊びしよう

バカな失敗が
その後
楽しい記憶に変わるから…



スキーNOWを観て
気持ちをアップさせて出掛けた頃

ブーツは
リアエントリーとなり
板は長さを競い
リフトパンツは
デモパンとなり
更には
ワンピースにも…

若大将は
キャプテンコーストを作り
千葉には
1年中滑れるザウスが出来た

若大将は口ほどでもなく
失礼〜

天神平でご一緒した
清水アキラさんは
さすが国体選手
凄い勢いで滑り降りた

今はもう
スノボが主流で
スキーの僕らは
肩身が狭くもなってしまった

昭和が終わった日も
そんな仲間たちと
スキー場にいたっけ…