先日
LA便利帳なるガイドブックに
挟まった写真が1枚
こぼれ落ちた
1983年7月
成田空港 北ウイングでの彼女との最後の写真
撮ってくれたのは
見送りに来てた
彼女のバアちゃま
LAの大学へと向かう彼女の
見送りは2人
裕福で家柄の良い彼女の
留学を引き止められなかった僕と
身体が不自由なのに
心配で付き添って来たバアちゃま
そんなもん
ひと言で引き止められたはずなのに
同い年とやらは
後ろ髪引かれながらも意地を張り通し
いつも喧嘩ばかり
最後の言葉は
じやあね って…
今のように
ネットも携帯もない時代
昨日 届いたキミからの手紙は
1週間も前のキミの気持ちで
急いで折り返した僕の手紙は
更にまた1週間も先
KDDIの交換手を通して
無理して掛けた電話は
異国のベルの音がして
ハロー! って繋がった瞬間
聖徳太子が1枚 飛んだ時代
9月から始まるLAの大学には
多くのリスクが絡んでいて
不審に感じた手紙に
慌てて飛んで行ったLA
そう
男の影がチラつく中に
押し掛けたこのピエロは
言葉の嘘くらい見抜いて
さよなら って言葉を
とうとう吐いてしまった
そんな日から5年
僕も結婚が決まり
よせば良いのに
あの日の約束をと
そう
お互いどんな立場になっても
結婚する時は
必ず知らせる って…
バカ正直にそんな連絡をしたら
新幹線で押し掛けて来た彼女
今更
引き止められると思ったのか
でも
時すでに遅し
そんな日から
更に5年が過ぎて
結婚したとの連絡が届いた
その後
お互いに息子が出来て
その息子たち
まさかの 同じ名前
あの頃
そんなことまで
話してたかなあ なんて
記憶はすでに
残ってはいなかったけれども…
バカ正直にもほどがある
嘘も方便なのだろう
すればその嘘
永遠に嘘のままが良い



