年に1度
山形から届く
それは立派な さくらんぼ


学生の頃
40数年前
毎日 渋谷で連んだ仲間で
きっと今でも
1番のマブダチ

渋谷公会堂の裏手の
日も当たらない古いアパートに

斜に構えた仲間たちを集めて
授業をサボっては
麻雀に明け暮れた

食事は
毎日 吉野家の牛丼

東急ハンズの坂を降り
右に曲がったビデオスタジオの
反対側にあったそこは

いつもの って言葉で
並と
味噌汁と
卵が 出て来た

ギリギリなんとか卒業出来て
田舎へと
彼女を連れて帰ったあいつ

子供が出来た頃
子供を置いて
カミさんに逃げられ

ひとりで育てたその息子は今
横浜で来春卒業すると
すればやっと肩の荷が降りて
また自由さ と笑う

そろそろ
あいつの街に出掛けたいが
山形の田舎町
今まだ コロナ禍は続いていて
その息子でさえ
戻れないと言う

そうか
来年には 自由か

ならばまた
渋谷で会おう!

しかし
あの頃の
目を閉じても歩けたほど
知り得た渋谷は
今はもうない

そう
あいつは
40数年前の渋谷しか知らない

今度 来た時は
違う街だと思った方が良い

東急も
宮下公園も
すでにそこにはなく

ハチ公も
わずかに場所を変え
複雑になった
渋谷の駅で迷うのだろう

そうそう
スクランブル交差点は
変わらずそこにあるけれど
人は増え
人種は変わり

きっと
浦島太郎状態だ! 
なんてことを
いつも笑って話しながら…

さて
今年の
お返しは
何を選ぼう…