51歳
若くして去った向田邦子
しかも突然
何かを察していたのか
そんな若さでも
遺言なんて書いてたのかと
思いながら…
ならば 61歳
僕もそろそろ
遺言なるものを書いておこうかと
ご自由にどうぞと書こうかと… なんて
カミさんに言うと
それは困ると
もっと具体的にと言われた
ではと
思い付くのは
葬式不要
戒名不要
でも
実家の墓地に
それから
どちらが先か分からんけれど
ぱふの骨壷を
僕の骨壷の中に頼む
家は息子に
わずかなカネはカミさんに
実家は
親たちから訊いてくれ
それから
友達たちには知らせなくて良い
そうそう
アメリカのママにだけ頼む
沢山の遊び道具は
いずれも古いから
使うなら分けて
要らないなら捨てて
多くの
ゴミようなお宝は
その価値を調べて
適正に世の中に戻して
500枚の落書きは
機会があれば
1度くらいどこかで展示して
せっかくの3人兄弟
ママをひとりにしないで
もしも
息子に子供が出来なかったら
話しておいたように
次女夫婦が実家を継いで
遺影は
あの時の写真を頼む
他所に
女も子供もいないから
突然 現れることはない
お血脈
噺家が訪ねて来たら
一席頼んでくれ
演目は お血脈 が良い
私の死亡記事
アメブロは
消さずそのまま残してくれ
膨大なアルバムや写真は
邪魔になるだろうから
捨ててくれ
集めた噺家のサインや手拭いは
いずれ
そこそこの価値が出るはずだから
残しておいた方が良い
その価値が分かった頃
世の中に戻したら良い
アメフトのボールをひとつ
棺に入れてくれ
あちらで先立ったあいつと
キャッチボールをしたい
それから
ジョー山中さんから預かったままの
LPレコードは
チャンスがあったら娘さんに
返してくれ
遺骨をわずかでも
アファンの森の
ニックさんの墓石の隣に
ナイショでそっと撒いてくれ
ニックさんの絵は
アファン財団に寄付してくれ
談志師匠の絵は
八重垣煎餅さんの店頭に
飾ってもらってくれ
友達たちが訪ねて来たら
旅に出てますと微笑んでくれ
それから
お世話になった
神田さんと
山田先生との墓参には
来年だけでも
代わりに出掛けて欲しい
孫たちには
良いジイちゃんだったと
伝えてくれ
親父とお袋とを
頼む
あとはご自由に…
皆 仲良く頼む
令和4年3月25日
このくらいかな…







