僕の中での落語界は
談志のいた時代と
談志のいない時代とに 2分する
そう
今はもちろん
これから先も
永遠にいない時代
何が違うのか と思えば
やはり
緊張感の違いなのだろう
仕方なくも順番は来て
名人も 破天荒も
その時代に消えてしまう
残った者たちが
その道を追ってはみても
なかなかどうして追い付けない
芸は人なり
生まれ持ったものが
多くを支配して
努力だけでは辿り着けない場所
江戸の風は吹いているかと
いつも師匠は
呟いていたけれど
演者によっては
上方であろうと
新作であろうと
江戸の風は吹くことがある
言葉を探し
仕草を探し
正しい所作で
声を荒げず
丁寧に齢を重ねたならば
自ずと江戸へと時は戻る
上手さ巧みさでは
圧倒的に志ん朝で
でも
生きるすべてをさらけ出した
談志という噺家に
僕らは心奪われた時代
志ん朝が去って20年
談志が去って10年
次は誰かと
彷徨いながら
片っ端から若手を見続ける今日
時折
100年にひとりと人々は言う
その100年にひとりが
20年前 2人いたのだ
ではやはり
次は
100年掛かるのだろうか…
それとも
もう現れているのだろうか…
講談界ならば
確かに伯山が現れた
浪曲界には
太福が…
ならば
落語界は
志の輔か…
それとも
小朝 か
三三 か
一之輔 か
白酒 か…
それとも
もうすぐそれは
現れるのだろうか
いずれにせよ
すべてをさらけ出し
その光と
その影をも… な噺家に
僕らは
心奪われるのだろう
いつだったか
そう
確か根津の自宅マンション前で
八重垣煎餅さんの前の歩道で
師匠がフリマをやってたとき
師匠の娘さん 綺麗ですね なんて
口にしたら
そうか
良い女だろ
お前はオレの娘が好きか と
微笑んで
娘さんの千社札を下さった
まさか
要りませんとは言えず
ありがとうございます と…
でも
綺麗ですね とは言ったけれど
好きです とは言ってない わけで 笑
その後
ザッツ ア プレンティー なる
本の出版の際
頂いた娘さんのサイン
その横に
そっとその千社札を貼ってみた
それ以来
どちらかでその本を見掛ける度
頭の中で
お前
オレの娘が好きか? って
聞こえて来る気がしてならない
そうそう
師匠が良く通った
根津神社の手水舎には
今まだ
師匠と娘さんの
千社札が貼られているから
探してみると良い
時は流れた…





