あいつは僕より
いくつか若いのに
出会った時には
すでにペースメーカーを備えた身体
それでも
バイクが好きで
今度はあそこへ
次回はその先へと飛び回っちゃ
楽しい土産話をしてくれた
そんなある日
家を建てようかと思うと相談を受け
ならば カクカクシカジカと
わずかなアドバイスをした
すると
カミさんの好みを優先して
好きなハウスメーカーを決めたと
嬉しそうだった
しかし
完成間近の7月
突然の訃報は僕へと届き
なんだよ
早過ぎるじゃないか!
まだ
家が出来てないんだろ! なんて…
そんな日
車を運転していると
白い物体がふわふわと飛んでいるのが見えて
もしや? と思って追い掛けた
車を止め 走って追い付き
掴んだそれは
まさに ケサランパサラン
よし!
こいつに願いを託そう なんて
頼む
あいつの目を覚まさせてくれ!
あいつ
まだまだ
やらねばならないことがある! と
頼んでみたけれど
効くはずはなく
それはどうやら
アザミの種だったらしい
それは今まだ
カプセルに入れて
僕の戸棚にあるけれども
願いは届くことなく14年が過ぎ
やはり
ケサランパサランではないらしい
今年は都合で
1日遅れでのあいつの墓前
見ると
奥さまだけ来た様子
そう
いつの頃からか
そんな毎年となり
あの頃の仲間たちは
訪れなくもなったようだ
それぞれが
それぞれの事情を持ち
仕方なくも離れて行く日常
しかも
干支はひと回りを過ぎ
僕らもまた
年齢を重ね続ける
相変わらず
こうして毎月毎月
どちらかで手を合わす
花かな
それとも団子かな なんて思い
その日の気分で
そのどちらかを持参する
日常の好き勝手なことを
墓前で呟き
戻る返事を勝手に想像し
だよなあ なんて
呟いてもみると
なんだか
生かされてる感は増して
すまんな
また来年な なんて
1年先を予測する
墓参とは
無理に出掛けなくとも
覚えていた者が
出掛けられる立場にあらばで
良いのだろう
人は2度死ぬのだそうで
1度目は肉体の死
2度目は忘れられた死
100年もすれば
生きた頃を覚えている者ですら
また同じ側となる
そんなことの繰り返しで
人々は命を繋いで来たのだろう
社会へと出た頃
1番若かった僕らが
わずか40年で
1番上になってしまった
この間
仕事で遊びで
多くの友達が出来た
そのすべての方々から
学んだ事柄が
今の僕を形成しているのだろう
ならば
今まだ会える方々とは
会っておきたいし
先立ってしまった方々には
手を合わせることしか出来ない
軽くなって来た残りの時間を
おおよそ数えながら
今まだやりたいことを
割り振ってもみる今日
街にアザミの種が浮遊するこの季節
毎年
そんなことを思い出す





