やくみつるさんのコレクションには
脱帽するというか
あまりのマニアックさに
苦笑いなわけだけれど
森永卓郎さんのもまた
博物館を作ったくらい
シャレの効いたものばかりな面白さ
どうやら男たちには
探す 集める 眺める 満足
みたいな癖があるらしく
僕もまた素人ながら
そのひとりのようで
一見 つまらないゴミのような物が
宝物に化ける価値を
自分の中での自己満足として
完結してるかのような
特に
噺家さんの サイン 手拭い 扇子
なんて物には
青田買いするかのように
まだ世に出る前の若手たちに声を掛けて頂戴する
すると
その大半は自己満足な中で
完結してしまうものの
わずかに
その後の活躍が評価され
あの頃の… なんて
お宝に化ける品もまたある
もちろん
それをどなたかに誇るでもなく
また どなたかに譲るはずもなく
あくまでも自己満足な中で
ほらね なんて微笑むことが
幸せだったりもする
令和な時代
談志 志ん朝のような
大名跡はもう現れないだろうけれど
居なくなって気付く方々もまた
今後 現れるのかもしれない
そう
今は
志の輔師匠の物を見掛けたら
手に入れ仕舞い込み
時折 並べて自己満足
すでに
僕のようなコレクターたちが
仕舞い込んでしまい
世の中に出ることが減った
大御所たちのそれらもまた
いずれ
世代交代により
また世の中へと出るか
はたまた
博物館へと並ぶのか
そう
今ここに留まるこれらもまた
僕の命の時間だけ
お借りしているに過ぎず
世の中に戻るのか
孫子の代まで我が家に留まるのか
それもまた
時間の流れと共に
世の中を彷徨うのだろう





