青梅街道の荻窪駅前を通る度
いまだに
いつも思い出す

40年も前
あ! ここで降ろして って言われ
真夜中に

駅前の青梅街道で止めた車

どこで
どう知り合って
なぜ僕の車に乗ったのか

そして
なぜ荻窪だっのかすら
覚えていないけれど

綺麗だったってことと
誕生日が1日前だったことだけ
なぜか 覚えている

それから
左ハンドルのミニクーパーだったから 車道側に降りた ってことも

名前も忘れた
顔も
姿も
声も…

海だったかとも思うが
そうではない

誰かの知り合いだったはずとも思うが 思い当たらない

ナンパ? なんてする度胸はなく

もしや
夢だった? なんてすら思うけれど
そんなはずもない

もちろん
何か関係があったはずはなく

キツネに摘まれたような
濃く霧掛かった記憶

今朝も
確かにここだったと
環八から折れた青梅街道

その気なら
彼女に出来たような
ただの思い過ごしだったような…



人間は
記憶を消し去ることが
出来るんだそうだ

更には
自分の都合の良いように
記憶を変えることも

多くのことを振り返ると
果たしてどっちだったか
わからなくなることもある

そう
それが自分の都合で
変わりつつある記憶なのかもしれない

もしかすると
荻窪で降りたのではなく
荻窪に迎えに行ったのかも とか

若い女性ではなく
オジさんだった… はずはないけれども

わからない
わからない
わからない


30数年 
連れ添ってるカミさんとですら
最近 あの頃の記憶が違うことが多い

以前は
それは違うと 言って来たけれど
ゴタゴタすると面倒になるので
そうだったかも と
肯定などする自分がいる

還暦ってもんは
そんな時分なのかもしれない… 笑