縁は
自ら繋ぐこともある
誰かが繋いでくれることもある
誰かに繋ぐこともある

人生100年としたならば
その間
どのくらいの方々と出会うのでしょう

日々 街で駅で
ただすれ違うだけの
その一瞬の方々ではなく

学校で
仕事で
遊びで
旅で なんて

相手を1人として
認識しての出会いならば
やはり
限られた数なのだろう

それですら
その間の一瞬の関係で
大半は終わってしまうけれど

ところが
その後もまだ続くのならば
それは友と呼べる関係となり

おそらく
わずか100人なのだろう

それは
師弟でもあり
同期でもあり
家族でも
兄弟でも
夫婦でも
親子でも…

そんな特別な縁は
よっぽどの縁 だと
薬師寺の僧侶は微笑む



人生は1度
ならば出来るだけ多くの方と出会い
こちらを向いて微笑んでいる友を探し出して
同じ時間を共にし
価値観は違えど
それを認め合い

その後 笑顔でいられたならば
それが幸せなのだろう

この存在を常に心して
先祖たちへの感謝を重んじ
孫子へと繋ぐ気持ちを最優先し

この国に生きた偶然を必然と悟り
何度も押し引きする波の数よりも
ここまでたどり着いた波をとらえ

繋いだその手を
お互いが離さないことが
きっと 縁というものなのだろう



世界広しといえど
この国に生まれ
同じ時代の中で出会う縁

それこそが
よっぽどの縁 なのでしょう

後半も後半の人生
あとどのくらいの縁が
僕には残っているのでしょうか

わずかで良い
それが
よっぽどの縁であって欲しい