最近では
地井さんの足跡が
わずかに消えつつある街
それでも
時折 その足跡を探し また追い
記憶の街を彷徨うことがある
確かここだと
やはりここかと
その場に佇み 地井さん って
話し掛ける
戻るはずもない返事に
耳をそば立てて
多分 こう言うのだろうと
地井さんからの返事まで
ひとり言葉を吐いてみる
すると
ありがとな なんて
聞こえた気がするから不思議だ
特に
下町を歩く時
そこにあったはずの記憶のあれこれを
辿り 手繰り
また
昨今では
YouTubeに落ちている映像を探し
やはりか
やはりな なんて
自己満足な中でその場を楽しむ
神さまは
どうして
地井さんを連れて行ってしまったのだろう?
僕には
僕らには
昭和の最後の砦だったのに
まだまだ この世で
笑っていて欲しかったのに
先立った奥さまに
そろそろねと 呼ばれたのかな?
そんなことを
先日 墓前で呟いてみた
なんとなく
分かったような気がした
最後にお会いしたのは
確か
五箇山だったなあ



