言葉は人間だけのものではなく
犬も猫も鳥も…
日常使っているもので
声帯がワンとニャンだから
僕らには
聞き分け出来ないだけなのだろう
もちろん
犬たちはとうに僕らの言葉は理解していて
ほぼ100%わかるのに
時折 あたしゃ犬だから… なんて
聞こえないフリをするから面白い
もしも
そこに人間の声帯でもあったならば
きっとあれこれと話し出して
僕らに都合の悪いこともあるから
神様は上手いことそうしたのだろう
もしかすると
植物たちにもそれはあって
僕らには聞こえない周波数で
会話してるのかも…
声は
音は
一瞬にして消えるけれど
耳に残る声は
やはり
消える前にどなたかに残る
どなたかに伝える声ならば
せっかく綺麗な
この国の言葉でならば
その方に合わせて選んだ言葉で
伝えたいと思うのが常
そう
同じことを伝えるにも
この国には何通りもの言葉があって
その中から
その瞬間
1番適切な言葉を選ばねばならない
その選択を間違うと
返って相手を傷つけることにもなり兼ねないから…
また
男言葉と女言葉までもあって
更には
東京言葉
大阪言葉
京都
沖縄
東北
北陸
北海道… なんて
これまた
大きな違いもある中で
この国の中でさえ
伝わらない言葉が存在する
アメリカ言葉なら
I とYOUだけなのに
わたし 俺 自分 せっしゃ…
貴方 お前 あんた おぬし…
なんて
その一言だけで
その場の雰囲気 時代
上下関係までも
この国の言葉は表すことが出来る
特に今
この国の心なき政治家たち
わずか一言
吐いてしまった言葉で
その立場を追われている
まさに口は災い
その言葉を吐く前に
一瞬呑み込んで
考えてから吐けば良いものを
それを訂正せず押し通すから
その嘘を隠すが為に
また嘘を上塗りせざるを得ない
118回も嘘をついた総理
騙され続けて来た
お人好しな国民たちでも
そろそろ気づいて来たようだ
言葉は常に変化していて
若者たちの中から
その時代の流行り言葉が現れ
大人に辿り着く頃には
世の中から消える
100年もすれば
きっとこの国の言葉すら
変わってしまうのだろう
それでも
わずかな方々の努力で
言葉の鮮やかさは残されて
特に
落語 講談 浪曲なる
日常
言葉の仕事に携わる表現者たちは
さほど変えることなく
守ってくれるのだろう
この国の国民たちが
英語を苦手とする理由は
教育ではなく
日常 必要でなかったからで
それゆえ
綺麗な言語は残され
また洗練され残るのだろう
100年後


