古都と聞くと
やはり
関東人には
奈良 京都となるわけです

修学旅行は
決まってそこをと訪れるわけですが
中学ならまだしも

僕ら偏差値の低い高校でも
行った記憶はあれど
はてさて…  
悪さしただけの記憶ばかり

すると
大人になった頃
自らの足で訪れるそこは
わずかに残る記憶を辿り
あの頃の仲間たちとのことをも巡り

なんともな心持ちの中で
歩くことが出来るわけです

もちろん始めは
京都

新幹線を降りると
すでに記憶に残る
京都タワーが目に飛び込んで来て
京都へ来たスイッチが入る

周囲の風景は変われど
そんな記憶はすでにないから
今から作り出す記憶を育てながら
昔訪れたはずの場所を探し廻る



それが
2度3度となった頃
ではと
わずかに足を伸ばし
奈良へと向かう関東人

すると
心に変化が訪れて
ああ
懐かしい場所は
もしやここかもしれない だなんて
記憶を辿るけれども
答えなど見つかるはずはなく

これはもしかすると
多く先祖から受け継いだDNAに刻まれたものが
ある一定の年齢に達した時
スイッチが入るかのような

それも
そこを訪れた先祖に
よく似た感覚を持った子孫にだけ
そっと繋がるかのような…

僕もまたそのひとりで
毎年 ヒマあらばブラリする 奈良

不思議なことに
それぞれのその場に立つと
初めてなはずなのに
懐かしさをも感じるから
不思議なわけで…

特に
最近 整備された平城京では
何もない広場にひとり佇み
いにしえに栄えた頃の
人々の姿を想像などすると
なんとなく
当時の人々の声が聞こえた気がして
嬉しくもなる



いつぞやか
さださんが
奈良は時間の大きな粒子が
身体を突き抜けてゆく感覚だと
話していたけれど

まさにそれで
わずかに身震いなどし
ゆっくり踏みしめながら歩くと
目の前に迫る 朱色の大きな門の直前で
一瞬 タイムスリップしたかのような
心地良さが
置き換えるはずの言葉を忘れさせ
何者かに包まれる

そして
やはりいつぞやか
ここにいたはずと
いたはずもないのに確信などして

ではまた と
ひとこと呟いて
フル充電出来た身体で 帰路に着く

そろそろまた
奈良が呼んでいるようだ
出掛けてみるかな
1300年前に…