落語とは人間の業の肯定 だと
談志師匠は言ってたけれど

はてさて? な中で…

理性によっても
制御出来ない心の揺れ を
肯定する ってこと?


ならば

日頃から

肯定してますけどねえ… 笑



結局
落語ってのはね
何をやるか ではなくて
誰がやるか なんだろうね

惚れた噺家が
そこで演じるのを

観に行くわけだからね

そう
落語を観に行くのではなく
その噺家を観に行くわけだ

それには
やはり
多く噺家を観ておかないと
その噺家を
見つけることも出来ないだなんて…

前座 二つ目を
片っ端から観る今日

良いな と思っても
いや 違ったな ってことも

また
さほどでも と思っていても
ある日 おや! なんてことも

結局は
もっともっとと楽しむのならば
食わず嫌いなどせず
黙って多くを観るしかないのかもね

そう
ヒマあらば
出来るだけ小さな寄席で
その日の演者を確認することなく
出掛けてみる ってな日常

すると
時折 
僕の周波数に合った若手が
突然 浮上するから面白い

すると
益々 楽しみが増える

そんなわけ…