野菜は八百屋で
肉は肉屋で
豆腐は朝に来る 豆腐売りに鍋を持って出て
納豆は納豆売りに どんぶりを持参して… な頃
そう
買い物は
町の商店街を歩き回って…な時代
田舎町の第一銀座通りと第二銀座通りとの交差点から3軒目の借家が
僕の育った家で
オジイちゃんは
土間の仕事場で
毎日 トンチンカントンチンカンと
熱した鉄を叩き
鎌や鍬の農機具を作っていた
親父はそのお得意様へと
発売されたばかりのマメトラを仕入れ売り込み始めた頃
親父の兄弟たちは
まだ全員我が家にいて
狭い借家は12人家族でごった返していた
夕方にもなると
どこからともなく練炭の匂いが漂って来て
その直後 魚を焼く匂いや カレーの匂いまでも…な街
好きな時間だった
道路との間には
ドブ川が流れていて
その全面にコンクリートの橋が掛かっていて
道路はまだ舗装されておらず
銀座通りとはいえ
そんな時代
物心ついたときには
すでにテレビはあって
きっと無理して買ったのだろう
そんな日のことが
夢に現れた今朝
懐かしい多くの顔に囲まれて
嬉しくも涙で目覚めた
ほら
鋳掛屋のバアちゃん
だんご屋のオジちゃんオバちゃん
飴屋のオバさん
駄菓子屋のオバさん…
みんないなくなってしまったけれど
僕の昭和は
この方々のおかげで
とても幸せだった
そうそう
目覚める寸前に
かず坊 って呼ぶ声が聞こえたのは
ウチのバアちゃんだったよね
50数年が過ぎて
お彼岸に実家の墓参りの帰り
歩いてみた銀座通りは
シャッター通りとなっていて
いたはずの沢山の友達も
お世話になった方々も
その姿はなく
ひとり身震いなどして
思い浮かぶ限りの方々の名を
呟いてみたけれど
戻る返事があるはずもなく
暮らした借家もなく
ああ
確かにここだったなあ とだけ確認などして
貧しかったけれど
確かに笑顔と活気があった時代
隣近所は皆 親しくて
醤油や味噌の貸し借りなんて
普通にあった借家街
戦後20年が過ぎた頃の
白黒の映像の思い出は
薄らぎながらも
それでも今の4Kよりも
遥かに心地良く
未来は今よりずっと良い はずだった国は
愚かな役人たちによって
間違えた道を歩み
便利さと引き換えに
大切なものを失ってしまったらしい
そして今
世界は まさかの敵で
そろそろ
争ってる場合ではないと
気付く時期に入ったようだ
結末は見えないけれども
この敵に勝利した頃
世界から争いがなくなっていることを強く願いながら…
そう
僕たちは先祖たちから受け継いだ今を
無事に子孫たちへと
受け渡す義務がある
そう
わずかな間
その子孫たちから
今という世の中を
お借りしているだけ
いずれこの身体ですらも
また地球へと返し
地球はまた次の世代へと
その物質を預ける
そう
太陽からの光を受けて
たまたま動き出しただけ…
そう
すべてが地球そのものなのだ

