浅草が好きですね
叔母さんがいた頃の
そう お爺ちゃんの姉がいた頃の
浅草が好きだったですね

今でも時折り出掛けては
あの頃の風景を探すわけですね




そして
叔母さんを知ってた方に出会うと
嬉しくなって長話し…なんて

新仲見世の 釜飯の春 の裏手で
長いこと 豆腐屋を営んでいた叔母が他界して長い時が過ぎた

若い頃は仲見世の
浅草寺に1番近い場所で 
海ほおずきを売っていたと言うから 
どうやら旦那さまは
カタギではなかったらしい

親父も若い頃
手伝いに出掛けたと言ってたから
そこそこの繁盛だったのだろう

昭和も10年代
そのあたりを支配していた
ヤクザもんの中でも
かなり上の方だったのだろう

一昨年
伝法院通りで突然の土砂降りにやられ
目の前の地球堂っていう古本屋に
飛び込んだ

すいません
少しお世話になります なんて
レジのお婆ちゃんに話し掛けると

どうぞどうぞと微笑んでくれて
なんだかそこで長話しとなり
この街に豆腐屋の叔母がいたことを話すと
ああ 美味しい豆腐でしたね なんて 
更には
海ほおずきのことまで知っていて
知り合いだったと微笑んでくれた

なるほど
この狭い浅草界隈
特に商売をされてた方は
繋がりが深かったのだなあ と嬉しくなり
その後 浅草に来る度
その古本屋に立ち寄り
お婆ちゃんの笑顔を確認などして…




一昨日
例の まっちゃんの
いや 伯山さんの披露目に贈った
祝いの帯
すべてお願いしてしまったので
ではと 訪ねてみたその店

帯源
いかにもな
僕には場違いな

そう
歌舞伎役者や芸人さんたち御用達みたいな風情の木戸を開け

御免ください だなんて入り
カクカクシカジカなんて話すと
これまた微笑んで下さったお婆ちゃん
いつの間にか長話しとなって
これまた 
あのお豆腐は美味しかったですね なんて
ご存知だった

そんなことが嬉しくなって
着物すら羽織ったこともない
今の僕には縁遠い場所なのに

また寄りますね なんて
また 立ち寄る場所が増えたようだ

出会いと言うものは不思議だと言うけれども
こうして繋がっていく糸もまた
大切に丁寧に手繰り寄せたならば
わずかにでも
僕がいた価値もあったのかもしれないだなんてことを
次の代にも話しておこうかな? なんて微笑みながら…

昭和は遠くなり
平成ですら 
もう昔になりつつある今日

遥か昔を
こうした方々の話しの中で少しづつでも覗き込みながら
僕が知り得る記憶を辿り
わざかに一致する場所を愛おしく思い

先へ先へと急がせる令和という波を
少しでも穏やかな時間へと願い
軽くなって来た残りの時間を
おおよそ割り振りながら
やはり浅草には
僕のルーツがあることを誇ってもみると

当時を知る世代の方々と
もっと話しとかねばと
もっと探さねばと
更に急ぎ足となるわけです


浅草寺の仏さまは
相変わらず
秘仏なんだそうで
秘密というか
見せないんだそうで

なんでよ? なんて思いながらも
一寸八分なんて言われるから
わずか 5.5cm
そりゃあ小さな像だそうで


どなたかが隅田川で拾った?
いや 漁師の網に掛かった
金色の像なんだそうで

それが
今 あれだけの… って
凄いよね

秘仏にしたから
尚も神秘的になったのだろうか?

何故ゆえ
秘仏なのだろうか?

歴代の住職は
こっそりでも観たのだろうか?

はてさて… なんてことは
さほど大事ではないにせよ

100年前も 100年後も
そっくり人は入れ替わりながらも
きっと同じ動きの中で
同じ願いを持って集まるのだろう

今日もまた手を合わせ
健康 安全 安定
その3つだけを願いながら…