本日 
仕事で出掛けた下北沢からの帰り道 
渋滞で道を逸れに逸れたら
気が付けば江戸川橋におりまして
もしや 呼ばれた? なんて
ならば
ここもまた素通り出来ずな場所


いつぞやか笑って握手をし

サインして下さった方へと急ぎ足



狭い坂の門を車で乗り入れ
本堂に一礼し
井戸の湧水を手桶に汲み入れ
奥へと歩くと
その名人親子の墓石が見えて来る




一礼し手を合わせ
いつものように
墓誌を確認などすると
わかっちゃいても
不思議かな やはりその名人たちは
ここに眠っているのだと
身震いなどして




ネットでは
いつでも 会える 聞こえる 観れる その姿は
すでに昔からこの墓石の下にあって
急ぎ足で過ぎた時間の早さと
戻らない多くの場面とに
押し潰されそうな気持ちになりながら

それでも
人影なき墓所で わずかな時間を
共に出来る現実は
なんとも言えない感覚に包まれる



残念ながら
志ん生 には間に合わなかった世代
それでも
志ん朝 で楽しめた世代

落語ブームで賑わう世の中
多くの若手たちが 犇めき合い
いずれまた時は流れ
残る者 去る者 しがみ付く者と
ブームは繰り返されるのだろう

そして 売れっ子は
いつの世にもわずかに現れて
その中で記憶に残っていくのだろう

しかして
この 志ん朝 
そして 談志 は
もう現れないと 
誰も追い付けないと
勝手に
自分なりに確信などして…

それがたとえ
志の輔 でも…

それがたとえ
小朝 でも…