落語への入口は間違いなく
笑点 と初代 林家三平さん
ガキの頃テレビの前であぐらをかくオヤジの懐に飛び込んで
一緒に笑ってた記憶
司会が談志さんから
前田武彦さん
三波伸介さんへと 変わるありさまも インプットされた記憶
それでも
スーパースターはやはり 三平さんで
🎵 よしこさ~ん 🎵 なんて
めちゃくちゃ やりながらも
そこが最高峰だと記憶に残した
思えば戦後まだまだ20年あまりの田舎町の借家街で
ドサクサな中にも良い昭和が見えて来た時代
ご近所は皆 仲良しで醤油の貸し借りなんて 普通にあったよね
朝には納豆売りや 豆腐売りが来て鍋を持って買いに出たっけ
夕方には どこからともかく レンタンの香りが漂って来て。。。
なんて思うだけで多くの懐かしい顔まで浮かんで 目頭は熱くもなる
田舎町とはいえ
第一銀座通りと 第二銀座通りとの交差点から3軒目の借家は
オヤジの多い兄弟たちでひしめき合っていて
鍛冶屋だった オジイちゃんの 鉄を叩く音がトンチンカン トンチンカンといつも 響いていた記憶
仕事場では ラジオが流れていて時折 音楽の合間にはよくわからないジイさんの声で 落語も聞こえて来た記憶
オジイちゃんは 酒呑みなのに甘党で日本酒を呑みながら羊かんや ぼた餅を食べてたから 早くして身体を患ってしまったらしい
もっとも 当時の職人たちは皆 宵越しのカネは持たねえ だなんて 江戸っ子気取りで身体のことなんて大して気にしなかったのだろう
そんな姿を見て来たからかオヤジは一切 酒を呑まずまだまだ元気でいてくれるから ありがたい
それでも甘党だけは 引き継いで 年中 羊かんなどの和菓子はそこにある
コンプライアンスなんて言葉もなく面倒な規則も 甘かった時代咄家さんたちは 本当に輝いていた
三平
小さん
談志
志ん朝
小圓遊
歌奴
つば女。。。
ここいらが 僕の大事な咄家たちで
みんな いなくなってしまったけれど無い物ねだりで 追い掛ける今日
昨今 落語はブームと言われ
まさか 予約などして
まさか チケットが取れないなんて 変な時代
本当は すべてが当日券で
しかも すべてが自由席で
思い立って出掛けるものだったはずが
なんだかそれも 面倒な世の中
それもまた いずれブームも去って 平常に戻るのだろう
不思議なことに落語は
観るではなく
聞く と言う
そう
咄家さんたちは
座布団の上に座り
扇子と手拭いだけで あれこれと語る
そこは何ひとつない空間で
言葉だけで あとはすべて客に委ねる
捉え方は10人10色
良い女だねえ なんて咄家が言うと
その方々の中で それぞれに好みの良い女が現れる
そう
テレビで映像化しちまった その女優さんでは
どんなに綺麗でも それぞれの持つ 良い女 とは違って来るわけだから 落語でのそれは
間違いなく 良い女となる
ゆえに
同じ客席にいても
皆 それぞれに見えて来る情景はわずかに違って
温度も 湿度も 匂いも
すべて 客任せだから 面白い
だから
落語を楽しむには
人生経験を沢山積んだ人の方が
想像の引き出しも増え
酸いも甘いも
苦いの辛いの
痛いの痒いの。。。 なんて
どんどん ドラマは広がり
面白くなってゆく
そんな僕でさえ
やっとこさわかり始めた この世界
入口はあれど出口はなく
生涯 楽しみの中心近くにあると思い
また 願い ながら。。。
わかるかな
わかんね だろな (笑)

