息子が高校へと入り
サッカ~部のつもりが
なんと 10軍まであるってな マンモス部
ゴ~ルキ~パ~なんてボジションだと
こりゃあ~ 試合に出れないで終わるぞ! って思って
ど~しよ~かなあ?
ハンドボ~ルかなあ? なんて迷ってた矢先
アメフト ってカッコイイぞ! なんて
優しく声を掛けて来た先輩たち
綺麗な防具にジャ~ジ姿
いかにも強そ~な
モテそ~な 部
ならばと入ってみたのが 地獄の1丁目
そこが本当は1番キツイ
まさに 虎の穴 だったわけだ
40人入った1年生は
夏の2度の合宿を終えると
半分の20人に減り
しかも 皆 怪我だらけ。。。
毎食の飯トレは
食堂に入る前に各自体重を量り
3キロ増えてないと出られないなんて地獄のル~ル
トイレに行ってタオルをビショビショに濡らし
懐に隠す者
それでも増え足りず
朝まで食べてる者。。。
確かに身体を作らねばならない
危険なスポ~ツ
おかげで60キロが
卒業時 85キロにもなった
何度も辞めようかと思ったけれど
鬼軍曹のような強面の監督と
理不尽な先輩たちに言えず
結局 3年間耐えた
すると
ご褒美ってやつはあるもので
スポ~ツ推薦なるもので
大学へと入ることが出来たけれども
そこは更に大変な
地獄の2丁目だった
遠方の為 寮へと入り
部が始まってすぐの5月
練習中に大怪我を負い
救急車で運ばれ
入院 手術 リハビリ。。。
そんなだから
単位もままならず
松葉杖で授業へと出て
教授に掛け合う日々
左足首の脱臼骨折は
思ったよりも治りが遅く
リハビリを終え試合に出れたのは
すでに3年の秋だった
その間
キツイ リハビリとマネ~ジャ~業とは
人生で1番辛かったらしい
なんせ
スポ~ツ枠で入った大学
なんも出来ない時間は
気持ちが落ちたはずで。。。
2年に上がるのは
なんとか出来ながら
3年に上がる時は苦労した
3月の終わりに
学務長から我が家に
進級出来ない旨の通知が届き
イライラするカミさんが
連絡しても
繋がらない息子は
多くのレポ~トと格闘した末
1週間後 進級出来たと連絡をよこした
4年になるのもまた然り
それでも上がれた最高学年は
卒業に必要な単位には
まだまだ届かない数値で
大抵 皆
余裕の中 就活を行うはずが
授業と 部活とで
余裕なく動いた
おまけに
このアメフトという競技は
秋から冬のスポ~ツなもんで
引退したのは
12月となって
就職が決まり
卒業も決まり
さて 卒業旅行かと皆 笑う中
レポ~トにテストにな
大慌てな日々が始まったわけだ
さて
元々 NFL好きなこの親は
おかげで
7年間
息子らの全部の試合を観て 楽しむことが出来た
更には
卒業した仲間たちも
数人 社会人のチ~ムへと入った
結果
これで見納めかと思っていた
この国のアメフトも
昨年から
応援する社会人チ~ムも出来て
また 忙しくもなった
ところが
この国の社会人チ~ムは
予算も待遇も悪く
わずか1年で皆
去ることとなって
今シ~ズンからは
また NFLを
そして NCAAとに
集中して観ることに戻った
さあ
いよいよ
そのシ~ズンも間近
そろそろ
本場で
アメリカで 観ようかとも思う。。。

