あの頃 
渋谷公会堂の裏手の
日も当たらないボロアパートにいたっけ

若さゆえ
様々なことに悩み
様々なことに失敗し
様々な怪我を負った

前向きではあったけれど
すべてに不安視し
それでも
ありがたいことに多くの仲間たちに助けられた

カネも 信頼もなかったけれど
僕らの昭和は 
今よりも 確実に良い時代だったと思う


ヒマあらば 渋谷から原宿を回り 青山へと飛ばし
多くのウィンドウを覗き込み
手に入るはずもない イカしたファッションに憧れてた頃

時折 歌の中に自分を押し込み
その歌詞通りに真似てもみると
なんだか それだけで幸せだった


ベスパは赤ではなかったけれど
流行りの髪型にしては 笑われ
黄色い靴はそこだけ目立ってしまい

それでも当時の彼女の街までの
ベスパは唯一の超特急

環八へと出たら 西荻までは
わずかな時間

待ち合わせた いつもの喫茶店で凝った
古いピンボールマシンは今でも
きっと そこそこの腕。。。

なんてことを
40年もが過ぎたというのに
。。。今