母さん
僕のあの帽子 どうしたでしょうね
ええ
夏 碓氷から霧積へゆく道で
谷底へ落とした あの麦わら帽子ですよ
母さん
あれは好きな帽子でしたよ。。。
 
多くの言葉は
すぐに忘れ去ってしまうけれども
なぜか これだけは忘れずにいる

 

 

ガキの頃
渋谷で ぷらっぷら してた頃
仲間たちが 
クロコダイルでライヴやるってわけで
ではと 出掛けてみた夜
 
すると
すまんが 
確かお前 エレキ弾けたよな なんて言われ
少しね って返すと
 
じゃあさ
急で悪いんだけど
手伝ってくれないか と
 
えーーー 今?
ここでか?
無理だよー! って返すと
 
カクカクシカジカで
サイドの奴が来れなくなったと
 
だからさ
少しだけ
コードだけ弾いてくれたら 良いんだけど。。。
 
お願い!
頼む!
助けて? なんて。。。
 
でもさ
下手だよ
間違っても 怒るなよ ってわけで
 
2曲
いや 3曲だったか
飛び入りさせられた
 
何の曲だったか 譜面を渡されて
仕方なく見ると
 
おいおい
Bのコードの 面倒なやつがあるじゃん
 
これ 押さえるの面倒だなあ
どうせ そんなにわかんねえだろうから
他ので 誤魔化しちゃえ! と 
簡単な気持ちで鳴らすと
なーんだ やっぱり わかんねえや なんて
 
ところが 終演後
おい キミキミ って声を掛けられ
振り返ると
なんと 桑名さん
 
あれさ
コード キチンと弾かな あかんぞ! だなんて指摘されて
 
えー!
バレてたの?
うそ?
でも ホント? なんて怖くなった
 
そんなことから
時折
声を掛けてもらったり
メシを食わせてもらったりと
斜に構えてた僕らには
とても嬉しい時間だった
 
そんな折
恐そーな 
強そーな  
厄介そーな男といて 
恐る恐る挨拶すると
よろしく! って
優しく笑って握手してくれたのが 
ジョーさん
 
その後
僕らは なんとか卒業し 社会へと出て
渋谷を離れ
遊びも 趣旨も 容姿までも変わり
更には
家族まで持って
守りに入り 遠ざかり
そんな夢も とうに忘れてしまった頃
 
突然 届いた訃報に
あーーーっ! と ため息をつき
蘇る多くの想いで哀しんだ
 
 
眠る場所がわかったのは
しばらくしてからで
すぐに伺いながらも
わからず 彷徨った大きな霊園
 
鎌倉から 海へと続く道をたどり
由比ヶ浜の手前を左に折れると
遥かな高台が見えて来る
その長く急な坂道を 
ゆっくりと
てくてくと 登り終えると
優しかった男は そこにいて
 
おそ なりました と
一礼 するが
遅かったな なんて返してもくれず
 
なんだか
ひとり 勝手に黄昏ながら
ではまた と 後にする
 
 
帰り道は
そこを通り抜け 海沿いに降りる 細い路地の下り坂で
材木座へと出ると
やはり ここだよなあ って
波乗りの連中の姿をまた
嬉しくも観ながらの遠回り。。。
 
大阪は 
高槻あたりだと聞くが
いまだ わからずな
桑名さんのそこへもと
急ぎ足で
心を馳せながら。。。