ここんところ
FACEBOOK とゆ~ものを行使し
昔の仲間を
お世話になった方々を
懐かしいあの頃を探し出す日々

それらは皆
世界のあちらこちらに散らばっていて
時には名前の 苗字の違い
時には容姿の変貌
時にはすでにこの世にはなく
その息子や奥さんらが
そこでひっそりと笑顔を放っている

そして
探し出せた瞬間
その一瞬にして
あの日に連れ戻される心

早速の友達リクエストを送るけれども
お国柄か
これが意外と
まめにチェックしてないってわけで

忘れた頃に
やあ~ って
元気だったか? って笑顔のついた返事をもらう


先日のそれも
見つけ出してから
1ヶ月も過ぎた返事

でも
お互い少々の容姿は変わったが
あの頃の気持ちは
変わらずに残っていて
嬉しくもなった

Jim

1982年
LA近郊の田舎町で
お世話になったティ~チャ~コ~ディネ~タ~の旦那さん

例の
ロ~ズボウルのチケットをもらった
クリスマスパ~ティの翌日

僕がステイした家族たちは
子供らの用事で多忙ときたもんで
その休日をもてあましていた僕を

おい
遊びに行かないか? って誘い出してくれたご近所の家族


当時
その家にステイしていた娘と
ステディな仲となりつつあった僕に
少しばかりの警戒心もあったのだろ~が

そこは
逆に
そんな僕を
見極めよ~としてのことだったのかもしれない



古いトヨタのハイラックスの
ダブルキャブのトラックの荷台に
FRPのル~フを乗せたそのポンコツカ~の

そのまさに
鉄板の荷台にマットを敷き
キミらはそこに って
椅子のない荷台に長いこと揺られ
たどり着いた場所は ニュ~ポ~トビ~チ


そこから
わずか2~3台しか乗らない小さなフェリ~に乗って
バウボア島に渡り

そこから
あれどこだっけ?。。。 って思い出せない場所へと って記憶


ただただ
真っ青な空と
多くの海鳥たちとの出迎えの中で
持参した なんてことのないサンドイッチの味が
その後の
どんなサンドイッチをも蹴散らすほどの味だったことが
カリフォルニア ってもんを思い出させる



彼らの間には
3人の子供がいて
その8歳の長男は
亡くなった前の旦那の息子

3歳の長女は
オテンバで
透き通るよ~な金髪の髪

1歳の次男もまた
とても可愛い


僕は
そんな子供らとはしゃぎながらも
将来を悲観し

また
若さゆえ
まだまだ
トゲも
カドをも出して
ツッパっていた僕を包み込むよ~に見つめていた大人2人


ステイした我が家と同じく
キリスト教を厚く信仰する彼らは
あくまでも誠実で
また微笑ましく

そのわずか1日の時間を
それはそれは有意義に掴んでくれた


その日の夜
我が家へと送り届けてくれた Jimが
別れ際にひとこと

 

Kazu
人生ってもんには
様々な障害が待ち受けている

しかし
特に男は
自分でそこを選択せねばならん

いずれ この娘とのことも
結論をと問われることだろう

そのときには
誠実さをもってして
本当の答えを出さねばならん


ペラペラ ってしゃべった英語は
そんなことだったと思う今日


その後
叶わなかったその恋愛は
若さゆえ
誠実さも
本当をも 欠く中での結論だったことを

少しばかりの後悔もするが

そんな日のことを
ゆっくり笑って話すことが出来るチャンスを頂いた
現代のネット社会に
そして
facebook に拍手



その後
すぐに
ユタへと越したと聞いたけれども
この35年間
行方は知れず

でも
アメリカを思うとき
必ずそこにあった彼らの笑顔が


こ~してまた
現実の中へと舞戻ったことへの感謝と

すでに
世界の歴史を変え出した
facebook とゆ~ものへの尊敬とを

今後に待つ
僕らの歴史への良き変貌と共に
多くの笑顔をも持ち寄ってと願う


この
わずかな人生の中で
何が出来るか とゆ~ことを 。。。
何をすべきか とゆ~ことを 。。。

そして
カリフォルニアにも
時折

土砂降りの雨が降るってことをも。。。