己を知り、敵を知れば…
とは良く知られた言葉です。
私が自分はパニック障害だと気がついて早くに然るべき病院へ行ったのも、何よりも拗らせれば生活に、支障がでる、それどころか高いパフォーマンスを常に発揮する事など夢のまた夢なる事を恐れたからだ。
そもそもアメリカの映画など見ても、自分のカウンセラーに相談するシーンをたまに見かける。実際本当らしく、だから、1人で思い悩んで自殺まで行く確率が、そんなに高くないと聞いた事がある。
精神科だろうが何だろうが、早く行けば良いと思う。
また、最近、仕事のこと、生き方など、所謂、メンターという人達が、講演したりするCMを見る。
こういう講演やブートキャンプ的なものに、お金をかける。それも何10万、100万、と言ったお金をかける。実際にカウンセリングを受けたり、そういう教材を10万とかで購入する人が少なくない世の中だ。
脳科学者が、無理やり頑張る努力は無駄だと言い切ったり、脳科学的見地から、トラブルメーカーへの対処法など、動画などでで簡単に知る事が出来る。
ブッダの教えも本当はとても現実的かつ合理的な生き方を提案しているという本が良く売れているとの事。
マズローの承認欲求のピラミッドとか、普通に検索で引っかかる。
こうした世の中にあって、歳に関係なく情報を得る事なく、トラブルメーカーであり続ける事に何の意味があるのか?
それは公私の別なく、他人を傷つけたり、つけられたり、私には意味が分からない。
そして、立場上その状況を是正すべき人間が無為無策なのも罪悪だと思っている。
権利ばかり主張してゴリ押しして、悪いのは他人と言って憚らない人間は割と多い。
こんな人間は、嫌われて当然で、関わらないのが大人の態度なのだと思うけれど、優しさを勘違いした人間は、どうした事か、直ぐにこの手の被害者ぶる輩の結果味方をする。
それが周りの人間の不利益になる事を知ってか知らずか、兎に角、善人ぶる。
私の知る限り、そうした人達は20年1日の如くに何も進歩せずに迷惑をかけ続ける、
そうして自分の正義にしがみつき周りを害し続けるのだが、大概、誰かを生贄にして解決した事になる。
昭和は遠くになりにけり。
平成も終わった。
昭和生まれだからといって、テレビは叩けば治るなんていつまで続けるのか?と心底嫌になる。
お昼に散歩するのはなにも増えた体重の所為ばかりではない。
あくまで自分の心の状態を良くして、言動全てがエクセレントなものにする為なのだ。
サイコパスや偽善者や無為無策の人間に害されて良い人生などない。