お酒の席で失敗する。というのは聞く話。
これも、一般論であるが、酔えば自制心が緩む、そのリスクとして、してはならない、後々禍根を残す言動をする場合がある。
飲むなとは言わないが、仕事絡みで飲むなら、そのリスクはマネジメントすべきだと考える。
大学生ではないのだ。

適度に付き合うというのは、ケツまくって逃げる事も含まれると考える。

相手が酔って攻撃的になってるなら、そこから逃げる事も社会人としては必要だと考える、それで回避できるリスクだってある。

楽しい酔っ払いは飲めない私にだって楽しい。

しかし、嫌な酔っ払いは誰にだって嫌だと思う。


あくまで一般論、一般的な話ではあるが。

人には権利がある。
けれども、同時にそれは義務と責任が伴う。
そんな事は言わずもがな、なんだけれど、
それを理解していると言いながら、権利ばかり主張しする。
そういうのをわがままというのだが、他人がするとわがままで許せないが自分がするのは正当らしい。

この手の輩は大概トラブルメーカーなのだが、そういうのが複数いると厄介だ。
厄介ではあるが、仕事なら、上司がそれぞれに言うべき事を言うことから始めれば、トラブルメーカー達が納得するかどうかは別として事態は収束する。
上役というのは、この場合、発言に絶対とは言わないが、しかし、かなりの拘束力を持つのだから、それを利用しながら、トラブルメーカーの感情論や屁理屈などは論破して義務と責任を果たさせなくては上役の意味がない。

大体、問題が起きた時、どっちかが一方的に悪いなんて事はあまりなく、冷静になった時、大概どっちもどっちで、そこを考えられる頭があるなら、落とし所はある。
上役がヘタレでトラブルメーカーの話だけ聞いてなんの妥協点も引き出せず、妥協もさせられず、その問題とは全く無関係な人間を巻き込んで、巻き込む人間は聞き分けが良かったりするから、本来トラブルメーカー達がすべき責任や義務を押し付けて問題解決した事にするのは、無責任であり、害悪だ。

それぞれがそれぞれの立場で義務と責任を果たすなら、権利も主張して、その上で落とし所を見つけて前に進む事もあるが、こういう輩は、そんな事より、わがままを通して小さな利己の為に他人を害す事に無頓着なのだ。いや、自分の正義の為に無頓着を装ってるだけかもしれない。
いずれにしても、この手の輩は、善人ぶっていようが、なかろうが、メリットよりデメリットが勝るだろう。

トラブルメーカーは往々にして、自己中だ。自己中というのは反社会的な行為だと言っても良い。それを仕事場でやられたらたまらない。

どうしてこうなった?

いやいや、それぞれがそれぞれの立場ですべき事をせず、問題を先送りしてれば、くだらない状況になるのは当然の帰結だ。

偽善と欺瞞の結果だろう。

人は誰でも失敗をするが、それを認められないのなら、進歩などない。それは何一つ学ばないのと同じだ。学んだからと言って失敗しない訳ではないが、しかし、そのリスクを減らす事はできるようになる。早く解決する事ができるようになる。

それすらしない社会人というのは、どうなんだろうか?そして、そんな輩がに対して無為であって良いのだろうか?
誰の利益になるのだ?

こういう話しを聞いたり、巻き込まれたりする度に、なんとも嫌な気分がする。

それなので、こんなつまらない事で自分のパフォーマンスが落ちるのは恥だと考えて、対策をとる事にしている。

あくまで一般論として。


己を知り、敵を知れば…
とは良く知られた言葉です。

私が自分はパニック障害だと気がついて早くに然るべき病院へ行ったのも、何よりも拗らせれば生活に、支障がでる、それどころか高いパフォーマンスを常に発揮する事など夢のまた夢なる事を恐れたからだ。

そもそもアメリカの映画など見ても、自分のカウンセラーに相談するシーンをたまに見かける。実際本当らしく、だから、1人で思い悩んで自殺まで行く確率が、そんなに高くないと聞いた事がある。
精神科だろうが何だろうが、早く行けば良いと思う。


また、最近、仕事のこと、生き方など、所謂、メンターという人達が、講演したりするCMを見る。
こういう講演やブートキャンプ的なものに、お金をかける。それも何10万、100万、と言ったお金をかける。実際にカウンセリングを受けたり、そういう教材を10万とかで購入する人が少なくない世の中だ。

脳科学者が、無理やり頑張る努力は無駄だと言い切ったり、脳科学的見地から、トラブルメーカーへの対処法など、動画などでで簡単に知る事が出来る。

ブッダの教えも本当はとても現実的かつ合理的な生き方を提案しているという本が良く売れているとの事。

マズローの承認欲求のピラミッドとか、普通に検索で引っかかる。

こうした世の中にあって、歳に関係なく情報を得る事なく、トラブルメーカーであり続ける事に何の意味があるのか?
それは公私の別なく、他人を傷つけたり、つけられたり、私には意味が分からない。
そして、立場上その状況を是正すべき人間が無為無策なのも罪悪だと思っている。

権利ばかり主張してゴリ押しして、悪いのは他人と言って憚らない人間は割と多い。
こんな人間は、嫌われて当然で、関わらないのが大人の態度なのだと思うけれど、優しさを勘違いした人間は、どうした事か、直ぐにこの手の被害者ぶる輩の結果味方をする。
それが周りの人間の不利益になる事を知ってか知らずか、兎に角、善人ぶる。

私の知る限り、そうした人達は20年1日の如くに何も進歩せずに迷惑をかけ続ける、
そうして自分の正義にしがみつき周りを害し続けるのだが、大概、誰かを生贄にして解決した事になる。

昭和は遠くになりにけり。

平成も終わった。

昭和生まれだからといって、テレビは叩けば治るなんていつまで続けるのか?と心底嫌になる。

お昼に散歩するのはなにも増えた体重の所為ばかりではない。
あくまで自分の心の状態を良くして、言動全てがエクセレントなものにする為なのだ。

サイコパスや偽善者や無為無策の人間に害されて良い人生などない。