流行というのはあくまで肌で感じるもので雑誌やましてや狭い業界の流れの事ではないと思う。雑誌を見るなとは言わないけれど、そのものというよりは、それこそ抽象的なもの。空気感。

伝統や文化は流行り廃れで取り扱うものではないけれど、とはいえ、今を忘れては時代遅れで形骸化する。

人と水同様に澱めば腐るだけ。




不易流行。




勿論私もですけれど、ちょいちょい人はエラーを起こす。ヒューマンエラー、でもそれは鼻から考えに入れておくべきリスクであって、その上で、行動する。
行動を起こすと失敗をする。
この失敗に対して、どういう意味で寛容になるのか、というのは重要だと思う。
それは自分自身も含めての話。
けれども、別の見方をするならどこにおいては寛容であってはならないか、という事であって、そこがないと単なる自己正当化して20年1日の如くエラーを起こし続ける事になる。つまり、あいつが癌だとトラブルメーカーと言われる。
どうすれば建設的な事になるのか、考えなくてはいけないし、それは人任せにして良いものではない。



最近、昔の父の書いたものを引っ張りだして見ると、その巌に噛り付いて藻搔いた跡を見る思いがする。
それが今の父を形作っているのだが、それは美の女神の衣の裾をつかまんという大前提があった上で、今を模索し生き続けた結果であり、当然の帰結の連続。



どっかで覚めた目で自分を見続ける覚悟がないと、そこから逃げると、ろくな事になりはしない。

ところで、私は、といえば、蓋し、ずっと父の第3の目であろうとしたと今更ながら、気づく。
ジョアン・ミロの線と王献之でも黄庭堅でも行成でも良いのだけれど、何が違うのか?という事が見えるか見えないか、と言うことは、あくまで線を見たときの伊藤若冲と円山応挙の違いを見る事に繋がる。

こんなにも阿保みたいに線だ線だと言うのも、根本である線が見えてないからで、もし、書道芸術などと言う立派なものがあるとするならば、何故、巷に流布している書とやらが、名跡言われるものとまるで違うのか?と疑問だからである。

もしかして、名跡は過去の遺物、または手の届かないものとして神格化され、アンタッチャブルな存在としているのであるのなら、今、ほぼ毛筆で書く機会のない現状において、書道などと言って習ったり教えたりする必要があるのか?その疑問を持たないのだろうか?と疑問に思う。


別に父のやっている筆の操作が、指の使い方が、絶対だとは言わないが、ならば、何故、それに匹敵する線を私は現在進行形で見る事が出来ないのだろうか?
私は、今時、臨書なんてするのなら、その労力と資源と時間を使うなら、その手本となる法帖や金石文を超える為に必要な具体的な筆法の模索と、その為の感性の訓練とを何故にしないのか?
全くもって勿体ないではないか?と考えてしまう。



どうしたら、そこへ目が行くのか?
そんな事を考える。

前にも書いたけれど、王鐸の草書を見て、嗚呼、読める読める、習った習った、と、喜ぶのは良いが、それは毛筆で書かれた字の美の本質の話をしているのか?

単なる形態模写のルーティンワークをひけらかしているだけなのか?

事あるごとに大学時代に泉屋博古館で見た光景を思い出す。

一体、どこを見ているのか?と。