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akiagayaのブログ

私の名前はアキコ。2009年に韓国人の夫と結婚。シオモニ(義理の母)は私のことを”アガヤー”と呼びます。”アガ”とは韓国語の嫁の愛称。アラフォー日韓夫婦の妻"Akiagaya"の気まま日常プラス韓国にまつわるブログをお送りいたします

昨日, 突然浮上したKARAの
事務所との確執, 解散危機
報道。
冬ソナブーム以降, 韓国ドラマ
だけでなく, KーPOPも注目
されるようになり, 今回のような
韓国での芸能人と事務所間での
トラブルまで日本のマスコミが
報道する時代になりましたが,
このようなことは韓国では以前
から頻繁に起こっているんです
よね。
私が知ってる限りでも, SMエン
ターテイメントという事務所の
芸能人だけでも, H•O•T,SES,
東方神起が契約を巡ってのトラ
ブルでグループとしての活動が
できなくなってますし…
お互いの言い分もあるので
しょうが, ファンの期待を裏切ら
ないようにして欲しいといつも
思います。
ちなみに, 私の好きな韓国人
芸能人は, 今のところはこう
いったトラブルはないようです。


先日, 突然, 前の勤務先の同僚に
会いたくなったんです。
これから先の仕事のことを
考えたくて…

私の前の勤務先のあるところは,
みなとみらい21。
今では高層マンションも立ち
並んでいますが, 私が入職した
平成9年にはまだランドマーク
タワーとコスモワールドがある
だけで開発途上の街でした。
その後, クイーンズスクエアが
でき, ジャックモール, クロス
ゲートなど次々と商業施設が
作られ, 土曜日の勤務帰りに
遊ぶ場所も増えていったのです。
私の仕事も, みなとみらいの
開発と同じように, 先輩方から
教わることばかりだった新人
時代を過ごしていたかと思えば,
後輩の教育をする身になって
いたりと, 約5年間の勤務を通じ
て, 多くの経験をしました。

私にとってのみなとみらいは,
まさに仕事の基礎を築きあげた
原点ともいえる場所。
韓国という国に関心を持った
のも, みなとみらいで勤務して
いたときです。
ただ, 最近ふと思うのが,
みなとみらいの街は訪れる度に
変化があるのに, 私の仕事の
レベルは…
今年は仕事のスキルアップを
目指して, やっていきます。
最後に私の原点ともいえる
みなとみらいの写真をアップ。
photo:01










iPhoneからの投稿
今日,2011年1月17日。
あの阪神淡路大震災から
16年がたちました。
当時私は大学生で,神戸市
東灘区民でした。
あの日以来, 何年の年月が
過ぎようと毎年1月17日は
地震が起きた5時46分に
目が覚めてしまいます。

16年前の1995年1月17日。
私は親元を離れ, ワンルーム
での一人暮らしでした。
あの日の朝,地震が起きる5分
くらい前に偶然目が覚めたん
です。
枕元の時計を見ながら,
"まだ6時前だ~今日は授業も
ないし,バイトは10時からだし,
まだ寝てよう。何でこんな早く
に目が覚めたんだろう"と…
思っていたら, 突然の大きな
揺れ。
部屋の隅に置いてあったスタンド
ミラーが倒れてくるのが見え,
照明の傘ははずれる,重い本を
入れているスリムボードも倒れて
くる…とっさに布団をかぶって
いたことを思い出します。

揺れがおさまった直後に,私が
とった行動は,同じマンションに
住んでいた友人の安否の確認。
廊下を出たところで友人に会い,
お互いに無事であることを確認し
普段口を聞いたこともない住人
同士で,一斉に部屋の掃除をした
ことを記憶しています。

あの震災で,大学の同級生の中には
家が全壊した人や家は無事でも
周囲に危険な建物があるために
止むを得ず引越しをした人もいま
した。
幸いにして私の通っていた大学に
当時在籍していた学生と教職員は
一人も犠牲者はいなかったのです
が,あの震災が人々の心に大きな
傷跡を残したことは間違いありま
せん。

今,私はこうして普通に暮らして
いますが,毎年1月17日になると,
生きていることのありがたさを
感じずにはいられないのです。
そして,本当の意味での神戸の
復興は,まだ終わっていないと…。