カチンコ 近所のマイカルにて


原作を 20年ほど前に 読んだ


キツイ物語だった


ザンコクな 話だった


ツラかった


細かい内容は 20年経って 殆ど 忘れてしまったが


いくつかの エピソードは


しっかり 覚えている


ワタシは それを もう一度 見たくない


聞きたくない





しかし 松山ケンイチ は 見たい


この映画は スルーしようか


なかったものにしようか


テレビでかかった時に チョコっと


観たほうが 懸命か


などと 封切日が近づくにつれ


封切されてからも


グダグタ 逡巡すること 数日



この師走に 随分 ヒマなこったね



でも 行ったのさ 今日


なんだか あっさり 映画館へ



殆ど忘れている原作と


比較する気はないけど



ジブンの目で 読む 言葉と


映像の中で 俳優が 喋る言葉


小説の中に 入り込んで 読むぶんには


なんの 不自然もなく 必然的に受け取れるのに


声で聞くと 妙な 違和感


俳優の演技云々 とか イメージがとかの


問題ではないんだけどね



ラスト近くの ワタナベとレイコさんのシーン


原作と比較しないワタシでも


これ 違う と  抗議したくなった


レイコさんの描き込みが 足りないうえで


あの セリフのやりとり


原作知らないひとは 誤解するよ


と 原作のファンでも 


村上春樹の信望者でもないワタシに


こみ上げる 妙な 怒り




怒り その2


この話は作者 男性だし


ワタナベという男性の 述懐だから


あたりまえ なんだが


オトコ目線 


それも 上からの


オンナは オトコのヨクボウに応えるべき存在


そうでなくては いけない


という まことに 傲慢な意識から


成り立っている のではないか


愛だ 生きる だの という 言葉を


使っているけど




ワタナベは  『 もちろん 』 『 もちろん 』 と


一見 思いやり深そうな イエスマン だが 


結局は 自分中心 自分優先


それが 直子を 追い詰めたのを


直子が自殺してから 


気づいたのか ?



もしかして この話は


オトコの愚かさ アホさ加減を


描いたものなのか



なんだ かんだ 言ってるヒマがあったら


原作 もう一度 読み直せばよいのだ


20年 トシ食ったぶん 違った見方が


出来るかもしれないしね


ツライけど



ツラサ その2


松山ケンイチの主演映画が またもや


非難ゴウゴウにさらされていることが


一番 ツライ


とにかく ツライ