アランは本名を、エミール=オーギュスト・シャルティエといい、1868年にノルマンディー地方モルターニュ=オー=ペルシュで生まれた。
アランは学校を出た後、リセ(高校)の教師になった。教師業のかたわら、地元の「ルーアン新聞」紙上に、アランのペンネームで、コラム「日曜日のプロポ(propos、仏語で談話、むだ口などの意)」の連載。プロポの中から幸福に関係のある記事を集めたのが『幸福論』である。65歳で教職を退職。1951年6月、83歳で没した。
アランの教え子に、夭逝した女流哲学者シモーヌ・ヴェイユがいる。
アランという名前を、自分は小林秀雄の文章を読んでいて、はじめて知った。
「アランは大学の学生時代、好んで読みました。(中略)僕は当時ベルグソンを愛読してゐた。彼の思想はアランとはまるで違ふと哲学者は言ふかも知れぬが、僕には二人とも、とどのつまりはおんなじものを語つていゐる様に思はれます」(「アランの事」『小林秀雄全集 第三巻 私小説論』新潮社)
アランは幸福について、なかなか、味わい深いことを言っている。
「私にとってとりわけはっきりしているのは、人は望まない限り、幸福にはなれないということである。だから、幸福を欲しなければならない。そして幸福を作り出さなければならない」(アラン著、神谷幹夫訳『幸福論』岩波文庫、以下同)
「悲観主義は気分に、楽観主義は意志による。気分任せにしていると、人間はだんだんに暗くなり、ついには苛立ち、怒り出す」
「じつは上機嫌などというものは存在しない。正確に言えば、機嫌というものはいつだって悪いものである。だから、幸福は意志と自制の賜物と言える。理性は、機嫌にも意志にも奴隷のように従うだけで、当てにならない」
自分がもっとも共感を覚えたのは、決断についてのアランの意見だった。
「害悪にもいろいろあるが、最悪なのは決断できないこと、つまり優柔不断だとデカルトは言っている。なぜなのか説明はしていないが、繰り返しそう言っているのである。人間の本性をこれ以上的確に指摘した言葉があるだろうか。あらゆる情念がもたらす不毛な衝動は、この優柔不断ということで説明がつく」
「賭けでは、どれも厳密に平等な選択肢の中から、一つを選ばなければならない。このような抽象的なリスクは、言ってみれば熟考に対する侮辱である。とにかく意を決しなければならない。するとすぐに答が出る。そして、私たちの思考を蝕むあのいやな後悔は、けっして湧いて来ない。なぜなら、後悔する理由がないからだ。「もし知っていたら」ということはできない。事前に知ることはできないのが、賭け事の決まりである」
彼の『幸福論』で、いちばん有名なことばは、つぎの文句かもしれない。
「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」
なるほどなあ、と思い当たるところがある。
(2015年3月3日)
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