チャールズ・ディケンズは、1812年に、英国イングランドのポーツマスで生まれた。父親は海軍の事務員で、チャールズは8人きょうだいの2番目だった。
貧しい家系を助けるため、ディケンズは子どものころから工場へ働きにでた。その後、法律事務所に奉公にいき、速記を勉強して、記者になった。
雑誌の記者をしながら、エッセイや小説を書きだし、雑誌の編集長の仕事のかたわら、小説も精力的に発表した。
こうした幼少時から作家になるまでの職業遍歴は、彼の自伝的な代表作『デイヴィッド・コパフィールド』に反映されている。
そのほか、『オリヴァー・トゥイスト』『クリスマス・キャロル』『二都物語』『大いなる遺産』など、世界的に知られる名作を書き、その多くが繰り返し映画化、テレビ化されつづけている。また、執筆のかたわら、朗読会も精力的にこなした。
1870年6月、ケント州の自宅で、脳卒中により没。58歳だった。
ディケンズは、なかなかタフな人で、雑誌の編集をしながら書いたり、朗読会に走りまわりながら書いたりしたにもかかわらず、作品の量が多い。
たくさんある作品の味わいもさまざまで、たとえば『二都物語』のような歴史・悲恋ものや、世界最初の推理小説といわれる『バーナビー・ラッジ』もあって、いちがいにはいえないけれど、自分にとっては、やはり『オリヴァー・トゥイスト』『クリスマス・キャロル』『デイヴィッド・コパフィールド』といった、社会の底辺にいる、貧しい弱者の視点に立ったヒューマニズムの作家である。
この辺の性質が、トルストイをして、シェイクスピアなんかより、ディケンズのほうがずっといいといわせるゆえんなのだとも思う。
007シリーズを書いたイアン・フレミングは、エッセイのなかでこういっている。
「お金のために書くことが、昔は立派な仕事だったからである。バルザックもそうしたし、ディケンズもそうした。実際、ディケンズなどは、自分の作品を朗読することが、書くことより余計に金になるということがわかると、多少書くことの方を見捨てたものである」(井上一夫訳「スリラー小説作法」『007号/ベルリン脱出』)
あのマーク・トウェインも、借金を返済するために世界中を朗読してまわった。日本の現代作家たちも、大学勤めや講演、テレビ出演などに生活の糧を求めている人は多い。
そういう意味でも、ディケンズは、作家らしい作家だった、まさに「作家の中の作家」と言えるのではないだろうか。
(2015年2月7日)
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