2月6日・トリュフォーの性的なもの | papirow(ぱぴろう)のブログ

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2月6日は、レゲエ音楽の神さまボブ・マーリーが生まれた日(1945年)だが、映画監督フランソワ・トリュフォーの誕生日でもある。

フランソワ・ロラン・トリュフォーは、1932年に仏国パリで生まれた。
フランソワは、未婚だった母親が産み落とした私生児で、母親が後に結婚した相手の男、ロラン・トリュフォーが認知し、それで彼の姓は「トリュフォー」となった。実の父親は知られていないが、1960年代に探偵社によっておこなわれた調査によると、ユダヤ人の歯科医であると推定されている。認知はされたものの、すぐに父母と暮らすことはかなわず、フランソワは幼いころ、祖母に引き取られ、育てられた。
感化院に送りこまれたりした不穏な少年時代をすごしたトリュフォーは、やがて映画にのめりこむようになり、雑誌に先鋭な映画批評を書きはじめた。
24歳のとき、ロベルト・ロッセリーニの助監督となったトリュフォーは、映画製作会社を興し、自分で映画を作りだした。
27歳のとき、最初の長編映画「大人は判ってくれない」を発表。感化院にいた経験を生かしたトリュフォーの自伝的映画だったが、大ヒットとなり、ヌーヴェル・ヴァーグの旗手、トリュフォーの名は一躍有名になった。以後、
「ピアニストを撃て」(1960年)
「突然炎のごとく」(1962年)
「柔らかい肌」(1964年)
「華氏451」(1966年)
「黒衣の花嫁」(1967年)
「夜霧の恋人たち」(1968年)
「暗くなるまでこの恋を」(1969年)
「恋のエチュード」(1971年)
「アメリカの夜」(1973年)
「アデルの恋の物語」(1975年)
「トリュフォーの思春期」(1976年)
「恋愛日記」(1977年)
「終電車」(1980年)
「日曜日が待ち遠しい」(1982年)
などなど、名作を数多く発表した後、1984年10月、ガンにより没。52歳だった。

トリュフォーの作品中では、つねに性的なことがほのめかされていて、それが映画全体をとてもセクシャルな雰囲気にしている。とてもエロティックである。女優カトリーヌ・ドヌーヴが同じことを指摘していた。ドヌーヴは言っている。
「フランソワは恋愛映画を何本も撮りましたが、作品の中には常に性的なものが存在していました。(中略)たとえば『暗くなるまでこの恋を』を、ちょっと注意してそうした正確な角度から見れば、どんなに性的に激しくてはっきりしているかがわかります」(アントワーヌ・ド・ベック他、稲松三千野訳『フランソワ・トリュフォー』原書房)

セクシャルで、どの作品のなかにも新鮮なときめきがあって、それは時代をへて見直してもなお、初々しさを失わない。トリュフォーという監督は、そんな独特の味わいをもった映画作家だった。
(2015年2月6日)



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