8月21日・セルゲイ・ブリンの大陸大移動 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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8月21日は、英国の画家、ビアズリーが生まれた日(1872年)だが、実業家、セルゲイ・ブリンの誕生日でもある。いまをときめくグーグル(Google)の創業者のひとりである。

セルゲイ・ミハイロヴィッチ・ブリンは、1973年、当時ソビエト連邦だったロシアのモスクワで生まれた。父親は数学教授だった。
セルゲイが6歳のとき、ソ連での差別や制約の多さに嫌気がさし、一家は米国へ移住。父親はメリーランド大学の数学教授になり、母親はNASA(米航空宇宙局)の研究員になった。
セルゼイはメリーランド州にあるモンテッソーリ教育法を採用する学校に学んだ。
9歳から自分のコンピュータに親しんでいたセルゲイは、メリーランド大学でコンピュータ科学と数学を修めた後、スタンフォード大学にの修士課程に進んだ。そこで彼はインターネットのデータ解析技術について研究し、22歳のとき、同い年のラリー・ペイジという学生と出会った。米国ミシガン州出身のペイジも同様の研究をしていて、二人はコンビを組み、いっしょに研究するようになった。
二人はインターネット上のリンク構造をダウンロードし、リンクの跡をたどるという大規模な研究をはじめ、大学のコンピュータ機能のかなりを占領し、大学のシステムを停止させるなど周囲の不評を買いながら研究を進め、ついに、張られたリンクの数をもとにしてページランクを表すプログラムを開発した。それをもとに検索エンジンを作った。二人は改良を重ねて、25歳のときに論文を発表し、投資家から100万ドル(約1億円)を集め、法人を立ち上げた。彼らは、数学の10の100乗を表す「googol」というドメインを得ようとして、申請のときにつづりをまちがえて「google」のドメインを取得した。
法人事業開始に際して、彼らはスタンフォード大学のサポートを受けるかわりに、株式の一部を大学に渡し、大学側は後にそれを売って大きな利益を得た。
ガレージ(車庫)で5台のコンピュータからはじまったグーグルは、改良を重ねながら利用者を増やし、人員と設備を急激に拡大させていき、開始1年後にはさらに2千500万ドル(約25億円)の投資を得たが、それもたちまち枯渇しかけた。グーグルは、膨大な数の人々が利用する巨大検索サイトとなっていたが、なかなか収益を上げられなかった。
彼らが28歳のとき、ノベル社のCEOだったエリック・シュミットをCEOに迎え、グーグルは新しいスタイルの広告をはじめた。それまでは、サイトにリンクの張られた画像が貼ってあるバナー広告や、新しいページが開くポップアップ広告が主流だったところ、グーグルは、キーワードを入力して現れる検索結果のわきに、同じキーワードによる広告が並ぶようにし、その広告の権利を、誰もが買えるオークション形式で売りだした。
グーグルは莫大な広告収入を得る優良企業に変身し、ブリンたちが31歳のとき、ナスダック(NASDAQ)に上場、株式公開した。大株主であるブリンは億万長者となった。
ブリンは34歳のとき、結婚し、2014年現在もグーグルの技術部門担当社長を務めている。2014年の経済誌「フォーブス(Forbes)」よれば、ブリンの資産は約318億ドル(約3兆1800億円)と見積もられている。

グーグルは、アンドロイドを開発し、グーグルマップやストリートビューを公開した。最近では、グーグルのもつ膨大な情報が危険視されだし、ロボット関係の企業をさかんに買収して不気味がられている。車庫で検索エンジンの一サイトからスタートした企業が、こんなにすごいことをしでかすとは、まったくもってみごとというほかない。
ブリンの場合、制約の多かったロシアから米国へ移ったからいまがあると思えば、やっぱり、現在の環境に不満があったら、思い切って飛びだすべきなのかもしれない。
(2014年8月9日)



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