5月10日・桑原武夫の論争 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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5月10日は「ザ・ダンサー」フレッド・アステアが生まれた日(1899年)だが、文学者の桑原武夫の誕生日でもある。「第二芸術論」を唱え、一時期ずいぶん話題をまいた学者である。
自分は、多くの文学青年と同様、学生時代に桑原武夫をすこし読んだ。当時すでに有名な学者で、ベストセラー学者だった。

桑原武夫は、1904年、福井の敦賀で生まれた。父親は東洋史が専門の大学教授だった。
成績優秀だった武夫は、三高をへて、京都帝国大学の文学部に入学。フランス文学を研究し、大学卒業後は大学講師、助教授、教授と一貫して学者人生を歩んだ。
42歳のとき発表した「第二芸術論」は、俳句は第一級の芸術でなく、第二芸術であるとした、かなり野心的な論文で、とうぜんのことながら俳人を中心に多くの反論を招き、論争となった。
桑原はフランス百科全書派を研究し、アラン、スタンダール、バルザックの翻訳をし、一般読者向けの文学入門書を多く書いた後、 1988年4月に没した。83歳だった。

論争となった桑原の「第二芸術論」は、むかし自分も読んだ。おおまかに言えば、こういう論旨だったと思う。
詩でも小説でもなんでも、文学の芸術作品ならば、大家の書いたものは、たとえ作者名を隠しておいても、かならずその作者の大きさがおのずと作品から感じられるものである。しかし、俳句はほんの17文字しかないこともあって、作品自体からその作者の大きさを感じることはむずかしい。つまり、短すぎて、作者の人生やその思想、年輪を盛り込むのには無理がある。したがって俳句は第一芸術とは成り得ず、第一芸術よりも劣った第二芸術である、と、こういう話だったと思う。

自分は読んで思った。論争を起こそう、けんかを売ろうとする問題提議としては、おもしろい議論だ、と。でも、とても同意できなかった。
文学とか芸術作品の魅力をそこなおうとするだけの議論で、建設的でないということがひとつ。議論自体に魅力が感じられないのがもうひとつ。それから、こういう議論を出してくる人は、作品では判断できず、その作者名を見てはじめて、
「ああ、やっぱり、すばらしい」
と感心したがる人だろうと思われたのがその理由である。典型的な日本の大衆のひとりではないか。だから、日本人一般にはうけたのかもしない。
志賀直哉など、自分がこれぞと納得できる作品ができたら、作者名を隠したいと思うと言っていたが、そういう境地からとても遠いところにいる人だと思われた。

これは記憶だけで書くのだけれど、たしか評論家の小林秀雄は、桑原武夫に会ったとき、こういう意味のことを言っていたと思う。
「おもしろくないものを書くやつだと思っていたが、会ってみたら、やっぱりおもしろくないやつだなあ」

こと文学や芸術に関しては、生活の役に立つ実用性とか、暮らしが便利になる科学のような有用性とかいうことは問題ではない。魅力、ということが大切だと思う。

桑原武夫の学生に対する影響力は絶大で、1960年代、70年代のころは、大学の教養部の授業などで、文学についてのレポートを学生に書かせると、提出されてくる大半が岩波新書の『文学入門』(桑原武夫著)を写したものだったそうだ。これは自分も読んだことがあって、自分の考えとはちがうけれど、わかりやすい、ひとつの明確なアプローチを示した文章だと思った。
(2014年5月10日)




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