4月19日・源氏鶏太の品 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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4月19日は、精神物理学者、グスタフ・フェヒナーが生まれた日(1801年)だが、小説家、源氏鶏太の誕生日でもある。
源氏鶏太は会社勤めをする人を主人公にしたサラリーマン小説を数多く書いた人で、生前は、どの本屋に行っても、文庫本の棚のいちばん多くのスペースを占めて並んでいるのがこの人の本だった。

源氏鶏太は、1912年富山で生まれた。本名は田中富雄。家業は置き薬屋で、富雄は7人きょうだいの末っ子だった。上のきょうだいたちは年が離れてていて、それぞれ独立し、父親は行商で家を離れ、末っ子だった富雄は母親とふたり暮らしのときが多かったという。
学校時代から詩を書いていてた富雄は、18歳の年に富山商業を卒業し、大阪の住友に入社。経理課に勤務した。
サラリーマン生活をしながら、雑誌の懸賞小説に応募し、22歳のとき、新聞の懸賞をとり、以後も雑誌や新聞に小説の応募を続けた。
32歳のと、海軍に召集され、無線担当の兵となった。
戦後は、GHQ(連合軍総司令部)による財閥解体の指示により、住友の清算処理に関わった。
35歳のとき、源氏鶏太のペンネームで雑誌「オール読物」に短編『たばこ娘』を発表。
39歳のとき『英語屋さん』などで直木賞を受賞。以後、ユーモアの漂うサラリーマン生活を描いた小説を量産し「サラリーマン小説の第一人者」と呼ばれた。映画化された作品だけでも80作以上あり、森繁久彌が主演し「社長シリーズ」としてヒット映画シリーズとなった。
1985年9月、没。73歳だった。

平家より源氏のほうがひいきで、さむらいらしい名前ということで、「源氏鶏太」というペンネームにしたという。

自分は以前、黒岩重吾のエッセイを読んでいて、源氏鶏太のことを知った。黒岩が小説家志望の青年だった無名時代、まだサラリーマンをしながら小説を書いていた源氏鶏太の作品を読み、そのうまさに感服して、会いに行った。源氏鶏太はとても好意的に迎えてくれ、アドバイスをくれたというようなことが書いてあったと思う。
黒岩は源氏鶏太の紹介で司馬遼太郎に出会い、関西系の作家たちの同人誌に加わり、彼らに励まされて小説家になった。

自分は『たばこ娘』『英語屋さん』といった源氏鶏太の初期の作品をすこし読んだ。いずれも、愛情をもって人間を見つめる著者のまなざしが感じられる、悲しくて、笑いがある、温かい作品ばかりだった。どれを読んでもおもしろい「はずれがない」プロの作家だと感じた。現代作家が失ってしまった品があると思う。
かつて書店の文庫本棚を大きく占めた源氏鶏太も、現代ではあまり読まれない作家になってしまった。でも、そこには、いいものがあると思う。源氏作品をまだ読んだことがない方には、自分としては短編『初恋物語』をおすすめしたい。米国作家だったらO・ヘンリー賞とピュリッツァー賞をダブル受賞していたと思われる絶品です。
(2014年4月11日)



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