2月12日は、『種の起源』『ビーグル号航海記』を書いたチャールズ・ダーウィンが生まれた日(1809年)だが、米国大統領エイブラハム・リンカーンの誕生日でもある。ダーウィンとリンカーンは同年の同月同日に生まれている。
米国史上もっとも偉大な大統領は誰か? というアンケートがあるたびに、つねに最有力候補にのぼるリンカーン大統領のことは、自分は子どものころからよく知っていた。
エイブラハム・リンカーンは、米国ケンタッキー州の貧乏農場の丸太小屋で生まれた。両親は無学な開拓農民で、エイブラハムの父方の祖父は、ネイティブ・アメリカン(アメリカ・インディアン)に襲撃され、家族の目の前で殺されたという。祖父なき後、父親は独力でのし上がり、地方の名士となった。エイブラハムは、その2番目の子どもだった。
エイブラハムが9歳のとき、登記の不備のために土地を失った一家は、インディアナ州へ引っ越した。引っ越して間もなく、母親が没した。
斧を扱う名人だったエイブラハムは、開拓地のことで教育らしい教育をほとんど受ける機会がなかったが、家事や雑用をこなしながら、独学で勉強し読書にはげんだ。
21歳のとき、家族とともにイリノイ州へ引っ越し、22歳でエイブラハムは家族と離れ、ひとりで暮らすようになった。
賞金付きのレスリング試合に出たり、川船の水夫や店員、郵便局員、測量士などさまざまな職業を転々とし、23歳で、ネイティブ・アメリカンとの戦争に志願して出征した後、州議会議員選に出馬。193センチメートルの長身と、鍛え上げたのどで名演説をふるって当選。議員を務めながら、弁護士資格を取得。法廷弁護士としても活躍した。
37歳のとき、リンカーンは連邦下院議員となり、国政に進出。
51歳で共和党から大統領選に出馬した。
この選挙中、リンカーンは11歳の少女から手紙をもらい、そのなかにあった、
「あなたのお顔はやせすぎで、ヒゲを生やしたほうが、見栄えがよくなると思います」
というアドバイスにしたがい、彼はヒゲをたくわえた。ヒゲのおかげと、民主党が北部派と南部派で分裂したのにも助けられて当選し、合衆国第16代大統領となった。
リンカーンが大統領の時代、奴隷制存続を臨む南部諸州は合衆国からの独立を唱え、米国はまっ二つに分裂しかけた。リンカーンは北部諸州を率いて南北戦争を戦い、ついに勝利して、米国を分裂の危機から救った。
南軍側が降伏した5日後、リンカーンはワシントンDCの劇場で、演劇を鑑賞中にピストルで射殺された。 1865年4月。56歳。米国史上はじめてヒゲを生やした、はじめての共和党の、はじめて暗殺された大統領だった。
「奴隷解放の父」と呼ばれるリンカーンは、人類平等主義者ではなかったようだ。彼のネイティブ・アメリカンに対する迫害の熱意は相当のものだったらしい。
リンカーン大統領は、南北戦争中の54歳のとき、
「反乱状態にある南部諸州の奴隷は、即日自由になる」
という奴隷解放宣言を打ち出した。この宣言の真の目的は、南部諸州にいる黒人奴隷の逃亡をうながし、南軍を混乱させることと、国際世論を北軍側の味方につけることにあって、じつは解放宣言は北部の一部の奴隷制を容認している州には適用されないものだった。
これを、ずるい、と批判する向きもあるようだけれど、とはいえ、奴隷解放宣言は米国史上に輝く偉大な一歩で、いったんこうしてかじをきってしまえば、いずれ全面解放にいたるのは時間の問題である。やっぱり偉大な人だと思う。
(2014年2月12日)
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